先日、「10年前に動いておいてよかった」と話してくれた社長がいました。
愛知で製造業を営むその方は、かつて廃業を本気で考えていたといいます。会社の業績は悪くない。むしろ順調すぎるくらい。でも、そのせいで「大変なこと」になっていた——それが自社株の問題でした。
2億円の壁に直面した社長
田中社長(当時62歳)が税理士に相談したのは、息子さんへの事業承継がきっかけでした。
会社の株式評価額を試算してもらうと、なんと2億円。業績が良いほど株価は上がる。上がれば上がるほど、相続時の税負担も重くなる。計算してみると、相続税の納税資金がどう考えても足りない。
「このままでは息子に継がせたくても継がせられない。廃業しかないかもしれない」——そんな言葉が税理士への相談の冒頭に出てきたそうです。
税理士が提案した「保険という選択肢」
そこで税理士が持ち出したのが、法人での生命保険加入でした。
法人が生命保険に加入すると、保険料の一部を損金(経費)として計上できます。たとえば年間保険料が600万円で、その半分が損金に算入できる場合、法人税率を約30%とすると年間90万円の節税効果が生まれます。8年間で単純計算720万円。保険料を払いながら、同時に税負担を軽くできるわけです。
ただ、これはあくまで「副産物」です。本命は別にあります。
解約返戻金を退職金に変える「出口設計」
法人保険の本当の使いどころは、退職時の「出口」にあります。
一定年数が経過すると、解約返戻金がピークを迎えます。そのタイミングに合わせて退職し、解約返戻金を役員退職金として受け取る——これが設計の核心です。
退職金には「退職所得控除」という強力な税優遇があります。勤続年数20年を超えると、1年ごとに70万円の控除が積み上がります。30年勤続であれば1,500万円超の控除です。同じ金額を給与で受け取るのと比べ、税負担は大幅に下がります。
田中社長は8年後に保険を解約し、退職金として受け取りました。退職所得控除をフル活用することで個人の手残りを最大化し、その資金を相続税の納税に充てる道筋をつけたのです。
8年間で起きたこと
保険加入から退職までの8年間、田中社長の会社では着実に準備が進んでいました。
毎年の保険料払込で法人税を圧縮しながら、息子さんへの経営移行を段階的に進める。会社のキャッシュを守りつつ、後継者としての実力を磨かせる時間でもありました。
退職のタイミングで解約返戻金を受け取り、退職金処理で個人の税負担を最小化。相続税の納税資金を確保したうえで、株式を息子さんへ引き継いだ——こうして2億円の壁は、8年越しの計画で乗り越えられました。
使う前に知っておくべき3つのこと
法人保険は万能ではありません。いくつかの落とし穴を知っておく必要があります。
まず、解約のタイミングです。返戻率は保険年度によって山なりに変動します。退職時期と保険のピークがずれると、期待していた金額を受け取れないことがあります。
次に、損金算入の割合。2019年の税制改正以降、全額損金算入できる商品は限られています。「昔は使えた商品」がそのまま使えるとは限りません。最新の商品設計で考えることが必要です。
そして、株価対策との組み合わせ。退職金原資を作っても、株価が高いままでは相続税の負担が残ります。保険単独ではなく、株価を下げる施策とセットで設計するのが基本です。
動けるのは今だけ
事業承継の対策には、どうしても「時間」が必要です。保険を使うなら加入から数年のリードタイムがいる。株価対策も一朝一夕では進まない。
田中社長は62歳で動き始め、70歳で円満に承継を終えました。「早すぎた」と後悔した人は聞きませんが、「もっと早く動けばよかった」という声はよく聞きます。
まずは自社の株式評価額を把握するところから始めてみてください。そこから必要な対策の全体像が見えてきます。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。