「会社を売るしかないかもしれない……」
そう言って、うつむいた社長がいました。大阪で建設会社を経営する62歳の田中社長。創業から30年、自分の手で育て上げた会社を息子に継がせたいと思い続けていたのに、税理士からの試算を見て言葉を失ったと言います。
自社株の評価額は約10億円。相続税の試算は4億円超。「4億円なんて、どこから払えばいいんだ」と頭を抱え、M&Aも選択肢に入れ始めていた——そんな状況でした。
業績が良い会社ほど、税が重くなる現実
多くの中小企業オーナーが見落としがちなのが、自社株の相続税評価です。会社が順調に成長して利益を積み上げるほど、純資産が増え、自社株の評価額も上がっていきます。
「業績が良い会社ほど、相続税が重くなる」というのは理不尽に聞こえますが、これが現行の税制の現実なのです。特に建設業や製造業など、内部留保を厚く持つ業種では、評価額が10億・20億に達するケースも珍しくありません。
しかも自社株の評価は毎年の利益でさらに上がり続けます。手遅れになってからでは、選択肢が大幅に狭まってしまうのです。
田中社長が実行した2つの対策
事業承継の専門家に相談した田中社長は、大きく2つの手を打ちました。
対策1:役員退職金で純資産を圧縮する
自社株の評価には「純資産価額方式」という計算方法が大きく影響します。簡単に言えば、会社の純資産(資産から負債を引いたもの)が大きいほど、株の評価も高くなるしくみです。
そこで活用したのが役員退職金です。田中社長は長年の功績に対する退職金を会社から受け取り、その分が会社の純資産から減少しました。退職金は法人税上の損金として計上できるため、会社の税負担が下がる効果もあります。
個人として受け取る退職金は退職所得控除が大きく、給与と比べて税率が格段に低い。これはオーナー社長にとって「最も税効率の高いお金の受け取り方」のひとつと言えます。
対策2:従業員持株会で株を分散させる
もうひとつが、従業員持株会を設立して株式を分散させることです。
自社株の評価計算には「少数株主の評価には割引が効く」というルールがあります。持株会を通じて従業員に株を少しずつ持ってもらうことで、オーナー家が保有する株の評価を引き下げる効果が生まれます。
また持株会の活用は従業員のエンゲージメント向上にもつながるため、会社の経営上のメリットもあります。節税と組織強化を同時に狙える施策という点で、積極的に取り組む経営者が増えています。
評価額10億が6億に、相続税は2億削減
2つの対策を組み合わせた結果、田中社長の自社株評価は10億円から約6億円まで圧縮されました。相続税の試算は4億円から約2億円に。つまり、約2億円の削減に成功したのです。
「売らなくて済む。息子に渡せる」と田中社長が安堵したのは言うまでもありません。30年育てた会社を手放さずに済んだのは、早めに相談を決断したからこそです。
「まだ早い」が一番危ない
こうした対策には、相応の時間がかかります。役員退職金は「功績倍率」に基づいて計算されるため、早期退任では金額が抑えられることがあります。持株会の設立・運営も数年単位での準備が必要です。
さらに、退職金を受け取った後も実態として経営を続けた場合、税務署から「退職の実態がない」と認定されるリスクもあります。形式だけを整えるのではなく、実態を伴った丁寧な設計が不可欠です。
「65歳になってから考えよう」では手遅れになるケースが多い。60代前半、できれば58〜62歳のうちに専門の税理士や事業承継アドバイザーに相談することをおすすめします。
まず自社株の評価がいくらになるか、把握しているでしょうか。評価額を把握するだけで「何をすべきか」が見えてくる社長は多いものです。早く動けば動くほど、選択肢は広がります。今期中に一度、評価の試算を依頼してみることから始めてみてください。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。