先日、従業員50名ほどの印刷会社を経営する60代の社長からこんな相談を受けました。「3年後に息子に引き継ぐ予定なんだが、退職金の設計はいつ頃から動けばいい?」と。
その社長の現在の役員報酬は月80万円。私が「今の設計のままだと、退職金の受取額が大きく変わってきますよ」とお伝えすると、「え? 今からでも変えられるんですか?」と驚かれました。
実は、事業承継前の役員報酬設計は、多くの社長が後回しにしてしまう盲点です。でも、設計次第で退職金の受取額が状況によっては2億円以上変わることがあります。今日はその話をさせてください。
役員退職金は「最終報酬月額」が全てを決める
役員退職金の計算式はシンプルです。最終報酬月額 × 勤続年数 × 功績倍率。この3つの掛け算で算出した金額が、税務上「相当な退職金」の目安とされています。
重要なのは「最終報酬月額」という部分です。仮に勤続20年、功績倍率3倍で計算した場合——最終月額が100万円なら退職金は6,000万円。200万円なら1億2,000万円。この差、実に6,000万円にもなります。
さらに、役員報酬の累積差(20年間で月100万円の差は総額2億4,000万円)や法人税の節税効果を含めて試算すると、状況によっては累計2億円を超えるケースも珍しくありません。
「直前に上げるのは危険」は本当か
よく「承継直前に役員報酬を急に上げるのは税務リスクがある」と聞きます。これは完全に間違いではありません。数ヶ月だけ高額に設定して退職金を水増しするような操作は、「不相当に高額」として税務上否認される可能性があります。
ただ、これを恐れて低い報酬のまま承継を迎えてしまうのは、もったいないどころか大きな損失です。重要なのは時間をかけて合理的に設計すること。5〜10年単位で計画的に動けば、税務リスクは大きく下がります。
知っている社長がやっている3つの設計
退職金を最大化できている社長には、共通する3つの動き方があります。
① 段階的な報酬引き上げ
承継の5〜10年前から、業績や市場水準に見合った「適正報酬」へ少しずつ引き上げます。急激な変更ではなく、毎年の定時株主総会で承認を取りながら段階的に変更するのがポイントです。
② 功績倍率の根拠整備
功績倍率は一般的に2〜3倍が認められやすい水準ですが、それを支えるのが「記録の積み重ね」です。取締役会の議事録、会社への貢献を示す実績資料——これらを丁寧に残しておくことで、高い功績倍率の正当性が生まれます。
③ 承継タイミングからの逆算
「何年後に承継するか」を先に決め、そこから逆算して報酬を設計します。ゴールから逆算する発想が抜けると、気づいたときには時間切れになっていることが多いです。
冒頭の社長の場合で試算する
先ほどの印刷会社の社長の話に戻ります。現在月80万円の報酬、勤続25年、功績倍率3倍で計算すると退職金は6,000万円。
今から3年かけて月120万円まで引き上げ、承継時には月120万円になっていれば退職金は9,000万円。差額だけで3,000万円です。役員報酬が増えた分だけ法人税の節税効果も加わることを考えれば、総合的な効果はさらに大きくなります。
「月40万円の差で3,000万円変わるなら、やらない理由がない」——この社長は今、設計に動き出しています。
変更する前に知っておきたい注意点
一点だけ気をつけてほしいことがあります。役員報酬の変更は、原則として事業年度開始から3ヶ月以内の株主総会での決議が必要です。年度の途中でいきなり上げることは原則できません。
また、業績が芳しくない時期に高額な役員報酬を設定していると、税務調査で問題になりやすいです。あくまで会社の業績・規模・市場相場に見合った「適正報酬」への移行であることが大前提です。
3年前では遅いかもしれない
事業承継は「いつかやること」ではなく、「今日から設計すること」です。退職金の最大化は報酬の積み上げに時間がかかるため、動き出しが早ければ早いほど結果が変わります。
まだ具体的に考えていないという社長は、まず今の役員報酬が業績や会社規模に見合った水準かどうかを確認するところから始めてみてください。今期の決算が終わるのを待たず、早めに税理士に相談することをおすすめします。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。