先日、ある税理士仲間からこんな話を聞きました。「35年間、製造業を経営してきた社長が、息子への事業承継に合わせて退職金1.5億円を受け取った。ところが半年後に税務調査が入り、追徴税額と重加算税を合わせておよそ3000万円を支払うことになった」と。
功績倍率は2.0倍。計算式そのものには問題はなかったそうです。では、なぜ税務署が動いたのか。そこには、多くの社長が見落としがちな「退職直前の報酬設定」という落とし穴がありました。
計算式は正しいのに、なぜ否認されたのか
役員退職金の適正額を計算するとき、一般的に使われるのが次の算式です。
退職金 = 最終月額報酬 × 勤続年数 × 功績倍率
35年勤続、功績倍率2.0倍に当てはめると、最終月額報酬が大きいほど退職金も大きくなります。この社長の場合、月額報酬は600万円。計算上の適正額は600万円 × 35年 × 2.0倍 = 4億2000万円となり、受け取った1.5億円はその範囲内に収まっていました。
問題は、「その600万円が退職直前に引き上げられた報酬だった」という点です。
税務署が必ずチェックする「直前3年間の推移」
税務調査官は役員退職金を審査するとき、最終月額報酬の金額だけを見るわけではありません。退職前3年間の報酬の推移も必ずセットで確認します。
この社長の場合、直前3年間の平均月額報酬は600万円を大きく下回っており、600万円という金額は退職の数か月前に急に引き上げられたものでした。
税務署はこれを「退職金を水増しするための恣意的な報酬引き上げ」と判断します。実態を反映していない最終月額報酬を基準にした計算では、超過分が法人の損金として認められなくなる。節税効果が消えるだけでなく、故意性があるとみなされれば重加算税(35%)まで加算されます。
今回はまさにそのパターンで、追徴税額と重加算税を合わせておよそ3000万円。事業承継で節税を目指した退職金が、逆に大きな税負担につながってしまいました。
「功績倍率さえ抑えれば安全」は危険な思い込み
「功績倍率を2.0倍以内に設定しておけば大丈夫」と考えている社長は少なくありません。ただし、功績倍率はあくまでも計算式の一要素です。税務署はその掛け算の土台になる「最終月額報酬が適正かどうか」も別の視点で審査しています。
具体的には、以下のような点が問われます。
- 退職前3年間の報酬推移と比べて不自然な増額がないか
- 増額の時期と退職時期の近さ(直前の増額は特に危険)
- 増額に見合う職務内容や業績の変化があったか
退職を数年後に控えているなら、今から月額報酬を段階的に見直しておく方が、税務上のリスクは格段に低くなります。
退職金設計は「3年前から逆算」が鉄則
事業承継を機に役員退職金を活用することは、正しい節税戦略です。ただし、その設計は退職直前ではなく、少なくとも3年以上前から逆算して始める必要があります。
月額報酬をいつ・どのように引き上げるか。功績倍率の根拠となる業績や貢献度をどう記録に残すか。こうした準備が、税務調査が入ったときの証明力につながります。
この社長のケースは、退職金の金額そのものは適正範囲だったにもかかわらず、設計の順序が逆になってしまったことで3000万円の代償を払いました。「功績倍率さえ抑えれば安全」という思い込みが、リスクを見えにくくしていたのだと思います。
退職金の設計を「退職が決まってから考えること」にしている社長は、今すぐ専門家に相談することをおすすめします。「もっと早く動いておけばよかった」という後悔は、タイミングを逃す前なら必ず防げます。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。