先日、ある顧問先の社長から衝撃的な話を聞きました。「退職金で8000万円受け取った知人の社長が、その2年後に税務署から3000万円以上の請求が来た」というのです。

最初は「まさか」と思いました。でも話を聞けば聞くほど、これは決して他人事ではないと感じました。同じ設計をしている会社は、実はたくさんあるからです。

建設業30年、8000万円の退職金を受け取った社長

東京で建設業を30年以上経営してきた田中社長(仮名)の話です。

後継者への事業承継を機に、田中社長は代表取締役を退くことになりました。在任期間は25年。創業期から会社を支えてきた実績は誰もが認めるところで、功績倍率を4.5倍に設定した役員退職金8000万円を受け取りました。

顧問税理士にも相談していました。退職所得控除で税負担も大幅に軽減され、「うまくいった」と思っていたそうです。問題が起きるまでは。

退任2年後、税務署が3年分の帳簿を持ち込んだ

退任から2年が経ったころ、税務署が調査に入ります。対象は直近3年分の帳簿でした。

調査の焦点は二つ。ひとつは、役員退職金の功績倍率4.5倍が本当に適正かどうか。もうひとつは、複数年にわたる経費計上の適否です。

結果として、功績倍率の超過分が損金不算入とされました。そこに別年度の経費否認が積み重なり、追徴税額と加算税を合わせると3000万円を超える請求になったのです。田中社長は会社の資金では対応しきれず、最終的には自己資金を取り崩すことになったと聞きました。

税務署が問題にしたのは「なぜ4.5倍なのか」という一点

田中社長のケースで致命的だったのは、功績倍率4.5倍を設定した根拠資料が何ひとつなかったことです。

役員退職金の功績倍率に、法律上の上限はありません。しかし税務実務では、代表取締役クラスであれば概ね2〜3倍が否認されにくい目安とされています。それを大きく上回る4.5倍を設定するなら、「なぜその倍率が妥当なのか」を説明できる資料が不可欠です。

「30年、会社を支えてきたんだから功績があるのは当たり前だ」という感覚は、経営者として当然のものです。ただ税務署は感覚では動きません。書類と数字で判断します。その「感覚の正しさ」を書類で示せなかったことが、田中社長の最大の失敗でした。

高い功績倍率を守るために最低限用意すべきもの

功績倍率を3倍超に設定するなら、以下の資料は最低限整備しておくべきです。

  • 役員退職金規程(在任中に取締役会で決議したもの)
  • 同業他社の退職金水準との比較資料(業界団体の統計など)
  • 在任中の業績推移と本人の貢献を記した記録
  • 算定根拠を説明した社内議事録やメモ

これらが揃っていれば、税務署も「根拠がある」と判断しやすくなります。逆に何もなければ、高い倍率ほど否認リスクが上がります。書類一枚が、3000万円の差になることがあるのです。

退職金の設計は「退職の数年前」から始める

役員退職金は、事業承継の局面で一度しか使えない節税の切り札です。うまく活用すれば、何千万円もの税負担を合法的に軽減できます。ただし、設計を誤れば田中社長のように逆に何千万円もの追徴を受けることにもなりかねません。

退職の数年前から税理士と一緒に、功績倍率の根拠整備・退職金規程の策定・最終的な支給額のシミュレーションを進めておくことが大切です。「そのときになったら考えよう」では、準備が間に合わないことがほとんどです。

事業承継を視野に入れているなら、今期中に一度、役員退職金の設計について税理士に相談しておくことをおすすめします。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。