先日、製造業を営む社長からこんな一言が届きました。「顧問税理士に功績倍率の話を聞いたとき、もっと早く知りたかったと思いましたよ」。
少し悔しそうな口ぶりでしたが、この社長は実際には十分早く動いていました。そして引退のタイミングで、想像以上の退職金を手にすることができたのです。今日はその実話をもとに、中小企業オーナーなら必ず押さえておきたい「役員退職金と功績倍率」の話をしたいと思います。
32年間の経営に幕を下ろした社長の退職金
愛知県で製造業を営んできた中村社長(仮名)は、創業から32年で現役を退きました。引退前に顧問税理士と退職金を計算したとき、「功績倍率の設定次第でこれだけ変わる」という事実を改めて実感したといいます。
最終報酬月額は80万円。勤続年数は32年。ここに功績倍率が掛け算されます。
功績倍率を3倍に設定した場合、退職金は約7,680万円。 一方、1.5倍のままだと約3,840万円。
差額は3,840万円——同じ経営者が、同じ年数、同じ報酬月額で働いていても、設定ひとつで倍の差が生まれます。
「3倍は高すぎる」は誤解
「功績倍率3倍なんて税務調査で引っかかるんじゃないか」と思う方も多いです。でも、これは少し誤解があります。
功績倍率に法令上の上限はありません。ただし、税務実務では**「3倍以内が安全圏」** という目安が長年使われてきています。国税庁の通達ではなく、過去の判例や税務調査の積み重ねから形成された経験則です。
つまり、3倍に設定すること自体は問題ありません。問題になるのは、根拠のない設定をすることです。そこさえ押さえておけば、3倍はまったく不当な数字ではありません。
税務調査で見られるのは「書面の根拠」
実際に税務調査で問われるのは「なぜその倍率なのか」という根拠です。中村社長が準備していたのは、主に2点でした。
同業他社の支給水準の調査 同規模・同業種の企業が役員退職金をどの程度支給しているか、事前に調べて記録として残していました。「業界水準と比較して妥当な設定である」という説明ができれば、調査でも根拠として認められやすくなります。
役員の功績を記録した書面 創業期の苦労、売上拡大の実績、雇用の維持——こうした貢献を取締役会議事録や社内文書に残しておくことで、倍率設定の「裏付け」になります。中村社長はこの書面整備を引退の数年前から地道に続けていました。
準備は「8年前」から始まっていた
役員退職金の節税で最もよくある失敗は、引退直前に慌てて動くことです。功績倍率の設定は、社内の「役員退職慰労金規程」として株主総会決議とあわせて整備しておく必要があります。退職後に遡って変更することはできません。
中村社長が顧問税理士と退職金の設計について話し始めたのは、引退の8年前でした。「まだ先の話」と思いながらも、早めに動いたことで選択肢が広がり、結果として最大限の倍率を適用できる状況を整えることができたのです。
今期の行動が、将来の数千万円を決める
功績倍率3倍で7,680万円か、1.5倍で3,840万円か——この差は制度の複雑さではなく、「知っているかどうか」と「準備を始めるタイミング」だけで生まれます。
役員退職金は退職所得控除の優遇もあり、中小企業オーナーが合法的に資産を守るうえで最も有効な手段のひとつです。まだ規程を整備していないなら、今期中に顧問税理士と一度テーブルにつくことを強くおすすめします。引退が10年後でも、今動くことに損はありません。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。