先日、会社を設立して4年目になる社長からこんな相談を受けました。
「業績も安定してきたし、そろそろ自分の退職金を設計しようと思っています。いくら積み立てればいいですか?」
気持ちはよくわかります。でも、私はその社長にこう伝えざるを得ませんでした。「今すぐ受け取ると、税金で1,000万円近く持っていかれますよ」と。
役員退職金に潜む「5年の壁」
役員退職金には、一般にはあまり知られていないルールがあります。
それが「特定役員退職手当等」と呼ばれる制度です。役員としての在籍期間が5年以下の状態で退職金を受け取ると、通常の計算よりも税負担が大幅に重くなります。
本来、退職所得は「(退職金 − 退職所得控除)÷ 2」に税率をかけて計算します。この「÷ 2」が退職所得の最大の強みです。給与や事業所得と比べて、同じ金額でも課税対象が半分で済む。だから退職金は節税の切り札とも言われるわけです。
ところが、役員期間が5年以下の場合はこの「÷ 2」が使えなくなります。全額がそのまま課税対象になってしまうんです。
退職金3,000万円で試算すると、差は550万円
数字で見ると、その差の大きさが実感できます。
退職金3,000万円を受け取る場合、勤続6年以上なら退職所得控除を引いた後に半額課税が適用されるため、税負担はおよそ450万円程度に収まります。手元に2,550万円以上が残る計算です。
一方、勤続5年ちょうどの場合は様相が一変します。半額控除が使えず、課税対象がほぼ倍になるため、税負担は1,000万円近くにのぼります。
同じ3,000万円の退職金なのに、受け取る時期が1年違うだけで手残りに550万円の差が出る。これが5年ルールの怖さです。
狙われやすいのは、こんな社長
このルールに引っかかりやすいのは、主に次のようなケースです。
まず、会社設立から日が浅い社長。設立と同時に代表取締役に就任しているなら、その日が役員期間の起算点になります。業績が順調で「早めに退職金を受け取ろう」と考えると、罠にはまります。
次に、途中から役員に昇格したケース。長く会社に勤めていても、従業員から役員になったのが最近であれば、役員期間はその時点からカウントされます。勤続年数が長いからといって安心はできません。
また、子会社や関連会社の役員を兼務しているケースも要注意です。どの会社での役員期間が算定基準になるか、通算が認められるかどうかは個別の状況によって異なります。思い込みで判断すると後悔することになります。
1年待つだけで、数百万円の差になる
対策はシンプルです。受け取りを急がないこと。
6年を超えるまで待てるなら、それだけで税負担が大幅に下がります。今ちょうど5年前後という社長なら、あと1年待つだけで550万円の差が生まれる可能性があります。
「今すぐキャッシュが必要」という場合も、役員報酬の見直しや会社からの借入金返済など、退職金以外の手段で資金を引き出す方法があります。退職金の受け取りだけに焦る必要はありません。
また、今から退職金の原資を計画的に積み立てておくことも重要です。役員退職慰労金の積立は会社の損金として計上できるため、法人税の節税にもなります。受け取り時期を見据えながら、逆算して積み立てていく設計が理想的です。
退職金は「金額」より「タイミング」で決まる
退職金設計で見落とされがちなのが、いつ受け取るかという視点です。同じ3,000万円でも、1年ずれるだけで手元に残るお金が数百万円変わる。それがこのルールの本質です。
まだ役員就任から日が浅い方は、今のうちに自分の役員期間を確認し、6年超のタイミングを把握しておくことをおすすめします。会社の事業計画や引退の時期と照らし合わせながら、退職金の受け取り時期を戦略的に設計する。それが、賢い経営者の節税術です。
具体的な試算は必ず顧問税理士に依頼してください。個別の状況によって最適な設計は変わりますし、税制改正のタイミングも関係します。「なんとなく退職金を積んでいる」という状態からは、早めに卒業しておきたいところです。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。