先日、ある製造業の社長からこんな相談を受けました。「自社株を息子に渡そうと思っているんだけど、何か対策した方がいいって聞いて…」。その会社、年商は約8億円。自社株の評価額を試算してみると、なんと2億円を超えていました。このまま相続が発生したら、相続税だけで数千万円が飛ぶ計算です。

オーナー社長にとって、自社株は会社そのものであり、人生をかけた資産でもあります。でも、その株をそのまま次の世代に渡そうとすると、思わぬ税負担が待っていることがあります。今回は「自社株買い」を活用した相続税対策について、やりがちな失敗も含めてお話しします。

株価が高いときに動くと、対策のつもりが逆効果になる

自社株買いとは、会社がオーナーから自社の株式を買い取ること。これにより、オーナーの手元から株が減り、相続財産を圧縮できるという仕組みです。ただし、これには「タイミングが命」という大前提があります。

株価が高い状態で動くと、高い評価額のままで取引することになり、買取価格も当然高くなります。税務上の評価を下げてから動くのが鉄則で、たとえば決算直後など、利益が圧縮されたタイミングを狙うのが定石です。うまくいけば評価額を40〜50%程度まで引き下げられるケースもあります。

逆に、業績が絶好調の時期に慌てて動いてしまうと、高値づかみならぬ「高値で売ってしまう」状況になり、節税どころか余計な課税が発生することもあります。専門家と一緒に「今の株価はいくらか」を正確に把握してから動くことが大切です。

買取価格の設定ミスで、最大55%の課税が発生することも

次に気をつけたいのが、買取価格の設定です。会社が自社株を買い取ると、流通している株式数が減ります。すると一株あたりの価値が上がることがあり、残っている株主の持分が相対的に増えることになります。これ自体は問題ないのですが、怖いのは「みなし配当課税」です。

自社株買いの際、税務上は「配当をもらった」とみなされる部分が発生することがあります。この課税率が最大で約55%。普通の譲渡所得(約20%)と比べると、3倍近い差があります。知らずに取引を進めてしまうと、売った側のオーナーが想定外の納税を迫られることになります。

これを避けるには、事前に税務上の株価計算と買取価格のシミュレーションを必ず行うこと。「だいたいこのくらいで」という感覚値で進めると、後から取り返しのつかないことになりかねません。

現金に変えただけでは、相続税は1円も減らない

ここが最も見落とされているポイントです。自社株買いによってオーナーの手元に現金が入る。一見すると「株という資産を減らせた」ように見えますが、相続財産が「株」から「現金」に変わっただけで、財産の総額は変わっていません。つまり、相続税の計算上は何も変わっていないのです。

この現金をそのまま持ち続けていると、対策したつもりで何も節税できていない、という状態になります。実際、この誤解をしている社長は非常に多いです。

では、手元に入った現金をどう使えばいいのか。有効な方法として多いのが、生命保険への加入と不動産への組み替えです。生命保険には「500万円×法定相続人の数」という非課税枠があり、現金をそのまま持つよりも大幅に課税対象を減らせます。不動産も、時価よりも相続税評価額が低くなる性質があるため、現金を組み替えるだけで評価を圧縮できます。

自社株買いはあくまでスタート地点。そこから得た現金をどこに移すかが、本当の相続対策の核心です。

動くなら「今期中」が合言葉

相続対策に早すぎることはありません。特に自社株の対策は、株価の評価タイミングを計ることが重要なので、「そろそろ考えようかな」と思った時点ですでに遅いケースもあります。

自社株の評価額がどのくらいになるか、まだ把握していない社長は、まず今期の決算が終わったタイミングで試算してみることをおすすめします。数字を見てから動くのと、漠然と「多分大丈夫だろう」と思ったまま動かないのとでは、数年後に大きな差が生まれます。

信頼できる税理士に「うちの自社株、今いくらですか?」と聞くだけで、対策のスタートが切れます。その一言を、ぜひ今期中に。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。