先日、愛知県で金属加工業を営む65歳の田中社長から、こんな相談を受けました。

「息子に会社を継がせたいんですが、自社株の評価が1億円もあって……贈与税を計算するだけで頭が痛くなります」

田中社長の悩みは、決して珍しくありません。長年かけて会社を育てると、自社株の評価額は自然と膨らんでいきます。それ自体は喜ばしいことなのですが、承継を考えたとき、高い評価額がそのまま「税負担の重さ」になって立ちはだかるのです。

退職金を受け取ると、なぜ株価が下がるのか

この問題に対して、田中社長の顧問税理士が提案したのが「役員退職金×株価引き下げ」のセット戦略です。

仕組みはシンプルです。会社から社長へ退職金を支払うと、その分だけ会社の純資産が減ります。自社株の評価(特に純資産価額方式)は会社の資産状況を直接反映するため、退職金を大きく取れば、株価も大幅に下がるのです。

田中社長のケースでは、退職金7,000万円を受け取ったことで会社の純資産が激減しました。その結果、1億円あった株価は約3,000万円まで下落。実に7割近い引き下げに成功しました。

株価が下がった後に贈与すれば、税負担は激変する

ここからが本題です。株価が1億円のまま息子に贈与すれば、贈与税の課税対象は1億円です。一方、株価が3,000万円に下がった後に贈与すれば、課税対象は3,000万円。数字の差は一目瞭然ですが、贈与税は累進課税ですから、金額が大きいほど税率自体も跳ね上がります。株価を下げてから動くことには、それだけ大きな意味があるのです。

退職金の受け取り自体も、実は節税になっている

見落としがちな点として、退職金の受け取り方にも節税効果があります。

退職所得は、給与や事業所得と比べて税負担が格段に軽くなるよう設計されています。「退職所得控除」という大きな控除があるうえ、課税される金額は控除後の2分の1。さらに他の所得と分離して税率が計算されます。

田中社長は7,000万円の退職金を受け取りながら、その税負担も大きく抑えられています。会社側では退職金を損金計上できるため、法人税の節税にもなります。一石二鳥どころか、三鳥四鳥の効果があるのです。

「適正額」を外すと税務署に否認されるリスクがある

ただし、退職金であれば何でもいいわけではありません。税務上の「適正な退職金」の範囲を超えると、税務調査で否認されるリスクが生じます。

よく使われる目安が「功績倍率法」です。最終月額報酬×勤続年数×功績倍率(社長クラスは3倍程度)という計算式ですが、業種や会社規模によって判断基準は異なります。また、退職後も実質的に経営に関与し続けると「退職の実態がない」と判断されることもあります。形式だけ整えても、実態が伴わなければ意味がありません。

さらに、退職金の支払いと贈与のタイミングが重要です。株価が引き下がった状態のうちに動かないと、その後に業績が回復して株価が戻れば元も子もありません。

自社株の評価額が気になり始めたら、早めに動く

事業承継は、タイミングが命です。社長が元気なうちに、株価が上がりすぎる前に、税制が変わる前に動くことが選択肢を広げます。

田中社長は今、息子への株式移転手続きを進めています。「あのとき相談してよかった」と笑っていました。評価額1億円が3,000万円になることで、贈与税の負担感がまるで変わったと言います。

自社株の評価額が膨らんできたと感じているなら、まず顧問税理士に「退職金と株価引き下げの組み合わせ」を相談してみてください。動けるタイミングは、思っているより長くはありません。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。