ある夜、還暦を迎えた製造業の社長から電話がありました。
「来年あたり息子に事業を引き継がせようと思っているんだが、相続税の試算をしてもらったら2億近くになりそうでね。正直、びっくりしたよ」
その社長、個人名義の預金が5億、会社の株式時価が3億。引退後は退職金も取らずにそのまま役員を退く予定だと言うのです。
もし手を打たなければ、確かにそれくらいの相続税になります。でも裏を返せば、今からでもできることはたくさんある。その一つが「法人で不動産を持つ」という選択肢です。
個人で現金を抱えるのが、実は一番危ない
相続税の計算で見落としがちな盲点があります。現金・預金の相続税評価額は、ずばり「100%」です。
1億円の現金は、相続税の計算上も1億円。値引きも圧縮もない。それがそのまま課税対象になります。
一方、不動産は違います。土地は路線価(時価の約80%)、建物は固定資産税評価額(時価の約60〜70%)で評価されます。同じ1億円の資産でも、現金より評価額が自然に下がるわけです。
さらに、それを「賃貸物件として法人が保有する」と、もう一段階下がります。
貸家建付地評価という「二重割引」の仕組み
法人が賃貸用不動産を保有すると、土地の評価に「貸家建付地評価」が適用されます。
これは、他人に貸している土地は自分が自由に使えないぶん、評価額を下げる仕組みです。路線価から借地権割合×借家権割合(一般に30%×30%=9%)が控除されます。
つまり、時価1億円の土地が、路線価段階でまず8,000万円になり、さらに貸家建付地評価で7,280万円程度まで下がる。建物も、貸家として評価されると固定資産税評価額からさらに30%が控除されます。
全体として、現金で持つ場合と比べて評価額が最大60%程度圧縮されるケースが出てくるのは、こうした仕組みが重なっているからです。
退職金と組み合わせると、さらに効く
ここからが本題のおいしいところです。
法人で不動産を保有する効果は「相続税評価額の圧縮」だけではありません。それと同時に「自社株評価の引き下げ」もセットで狙えます。
社長が引退する際に役員退職金を適切に受け取ると、法人の純資産が減ります。純資産が減ると、相続財産に含まれる自社株の評価額も下がる。
この二つを同じタイミングで組み合わせると——
- 不動産保有 → 資産の相続税評価額を圧縮
- 役員退職金 → 自社株評価も同時に引き下げ
この二重効果で、相続税が当初試算の半分以下になった事例も実際に出ています。冒頭の社長も、この二段構えの対策を取ることで、試算2億円が1億円を切る水準まで圧縮できました。
ただし、効果は物件と構造次第
ここで正直に言っておきたいことがあります。効果の大きさは、物件の立地・種類・構造・融資条件によって大きく変わります。
収益性の低い物件を買っても評価圧縮の効果は限定的ですし、空室が続けば法人の収益も悪化します。「節税になるから不動産を買う」というだけでは本末転倒です。
また、相続税対策で取得した不動産を相続後に売却すると、その時点で譲渡所得税がかかります。出口戦略まで含めて設計しないと、「節税したのに結局損した」という話になりかねません。節税効果は「買う前に税理士と一緒に試算する」のが絶対の大前提です。
今期の決算前に確認したいこと
法人での不動産購入は、資金調達・融資・登記など準備に時間がかかります。「やろう」と決めてから動き始めると、今期の決算には間に合わないこともあります。
特に、退職を数年後に控えている社長は、今から逆算してスキームを設計しておく必要があります。退職金の設定・不動産取得のタイミング・相続時の評価額——この三つを連動させて考えるのが、相続税対策の鉄則です。
まだ法人での不動産保有を一度も検討したことがないなら、まずは自社の株式評価額と個人の現金資産の総額を試算してみることをおすすめします。その数字を見るだけで、何をすべきかが見えてきます。引退まで時間のある今こそ、動き出すタイミングです。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。