先日、年商3億円の印刷会社を経営する60代の社長からこんな相談を受けました。「息子に会社を譲りたいが、株を買い取る資金がない。毎月コツコツ現金を貯めているが、10年後に5000万円は難しい」と。
話を聞いてみると、毎月30万円を会社の普通預金に積み立てていました。10年で3600万円。法人税を払った後の利益から積み上げる方法です。実はこれ、もっとも非効率な事業承継の準備の仕方なんです。
現預金で積み立てると、なぜ損なのか
利益から積み立てる現預金は、すでに法人税(実効税率で約30〜35%)を引いた後のお金です。つまり、1000万円を手元に残すためには、1400〜1500万円を稼がなければなりません。
一方、法人保険の保険料は、商品によって一部または全額を損金として計上できます。つまり、保険料を払いながら同時に課税所得を圧縮できる。「資金を積みながら節税もできる」という二重の効果があるわけです。
月40万円の保険料で10年後に5000万円を手にする設計
具体的な数字で見てみましょう。
月額40万円前後の法人保険(逓増定期保険や長期平準定期保険など)を10年間積み立てると、解約返戻金として約5000万円が戻ってきます。保険料の総支払額は4800万円前後ですが、一部を損金算入することで、実質的なコストはさらに下がります。
損金算入割合は商品によって異なります。たとえば損金算入50%の商品なら、毎月40万円の保険料のうち20万円が費用として計上でき、法人税を年間60〜70万円程度圧縮できる計算です。10年続ければ600〜700万円分の節税効果が積み上がります。
この5000万円を、後継者への株式売却代金や、社長自身の役員退職金の原資に充てるのが基本的な設計です。
見落としがちな「出口設計」がすべてを決める
ここが最も重要なポイントです。保険を解約すると、返戻金と資産計上額の差額が「益金」として法人所得に計上されます。つまり、何も考えずに解約すると、5000万円の解約返戻金を受け取った年に、多額の法人税が発生する可能性があります。
これを防ぐのが「退職金との同時実行」です。
社長が引退するタイミングで保険を解約し、同じ事業年度に役員退職金を支払います。解約益(益金)と退職金(損金)が同じ年度にぶつかることで、損益が相殺される仕組みです。
退職金の損金算入額は「最終報酬月額 × 在任年数 × 功績倍率」で計算されますが、30年以上在任した社長なら5000万円を超える退職金が認められるケースも珍しくありません。
この出口設計を事前に組み立てておくかどうかで、手取りが1000万円以上変わることもあります。
注意すべき3つのポイント
保険を使った事業承継設計には、落とし穴もあります。
ひとつ目は「商品選択の重要性」です。損金算入割合・返戻率・解約時期の設計は商品によって大きく異なります。数年前に損金全額算入が可能だった「全損保険」は2019年の税制改正で規制されました。最新の商品設計を把握している専門家と進めることが必須です。
ふたつ目は「解約タイミングのズレ」です。退職金との相殺を狙っても、解約時期と退職の事業年度がずれると節税効果が消えます。1〜2年単位で計画を逆算しておく必要があります。
三つ目は「後継者への株価への影響」です。解約返戻金が積み上がると、会社の資産価値(=株価)が上がる可能性があります。承継前に適切なタイミングで解約・退職金支払いを実行しないと、後継者が高い株価で買い取ることになります。
今から始めるべき理由
事業承継の準備は「始めるのが早ければ早いほどいい」のは言うまでもありませんが、保険の場合は「保険加入時の健康状態」も関係してきます。持病があると加入できない商品もあるため、健康なうちに設計を始めることが重要です。
また、10年という積立期間を確保するには、少なくとも65歳までに始める必要があります。「まだ先のこと」と思っているうちに選択肢が狭まるのが事業承継の怖さです。
後継者への株式売却でも、役員退職金の原資としても使える法人保険の積立。現預金に寝かせておくよりも、税負担を抑えながら効率よく資金を育てる方法として、ぜひ一度、顧問税理士に相談してみてください。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。