先日、60代の製造業の社長からこんな相談を受けました。「税理士に相続税を試算してもらったら、1億2000万円って出たんです。どうしたらいいですか」——そう言いながら差し出されたのは、会計事務所が出したレポートでした。

自社株が4億円近くある。後継者の息子はいる。でも、何も対策を打っていない。そのまま相続が発生すれば、納税のために会社の資産を切り売りするか、息子が個人で借金をするしかない状況です。

こういうケースは、決して珍しくありません。

10年前に動き始めた社長は何をしたか

実は同じような状況から、10年前に出口戦略を描き始めた社長がいます。今年64歳になる田中さん(仮名)です。スタート時点の自社株の評価額も、相続税の試算額もほぼ同じでした。

でも田中さんは違いました。「相続が発生したときの最悪のシナリオ」を先に描いてから、逆算して動いたのです。その結果、3000万円以上の節税に成功しています。

田中さんがやったこと、3つだけ

複雑そうに見えますが、本質的にはシンプルな3つの施策の組み合わせです。

まず、役員退職金で自社株の評価を下げました。

自社株の相続税評価は「類似業種比準価額」という計算式で算出されます。この計算に影響する要素のひとつが会社の利益水準です。退職金を支払うと、その年度の利益が大きく圧縮され、結果として株価が下がります。退職金が5000万円なら、株価への影響はその数倍規模になることもあります。

次に、事業承継税制の特例を使って株式を後継者へ移転しました。

この制度には期限があります。2027年末までに「特例承継計画」を提出していないと適用が受けられません。適用されれば、後継者が相続・贈与で受け取った株式の税額が最大100%猶予されます。完全免除ではないものの、納税を将来に繰り延べながら経営権を移転できるのは大きなメリットです。

そして、生命保険で納税資金を準備しました。

どれだけ節税しても、相続税がゼロになることはほとんどありません。だから「残った税額をどう払うか」も同時に設計します。法人保険を活用すれば、保険料を損金算入しながら、いざというときの資金を積み立てることができます。

「順番」と「タイミング」が全てを決める

ここが一番伝えたいポイントです。

この3つの施策、それぞれ単体でもある程度の効果はあります。でも、組み合わせる順番を間違えると効果が半減どころか、税務リスクになることもあります。

たとえば役員退職金を先に払ってしまうと、その後に事業承継税制を使おうとしても、後継者への経営権移転のタイミングが合わないことがある。あるいは生命保険の保険料を払い始めるタイミングが遅すぎると、手元に資産が残りすぎて株価が下がらないまま相続を迎えてしまう。

10年スパンで逆算する、というのはそういうことです。「今から10年後に相続が発生したとして、そのとき何がどういう状態になっていれば理想か」——この問いから設計を始める。

今すぐ動くべき理由

田中さんが節税に成功できたのは、早く始めたからです。

相続対策は「発生してから」では何もできません。役員退職金には最低限の在任期間が必要で、事業承継税制の特例には申請期限があり、生命保険は加入時の健康状態次第で入れなくなることもある。

「どうせまだ先の話だ」と思っているうちに、使えるはずだった手段が一つ、また一つと使えなくなっていく——それが相続対策の本当の怖さです。

60代の社長であれば、今から10年の計画を立てることは十分間に合います。自社株の評価を下げながら、税制の特例を活用して、納税資金を確保する。この3つを正しい順番で、正しいタイミングで動かせるか——その差が、最終的に3000万円の差になって現れます。

まだ相続対策に本腰を入れていないなら、まずは「今すぐ相続が発生したら税額はいくらか」を専門家に試算してもらうことから始めてみてください。その数字を見た瞬間から、設計は始まります。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。