先日、愛知県で建設会社を経営する64歳の社長から、こんな相談を受けました。

「税理士に相続の試算を出してもらったら、税金だけで1億円を超えると言われて…。子どもに会社を残してやりたいのに、これでは手元に何も残らない」

この社長の自社株の評価額は、約3億円。最高税率55%が適用されれば、1億円超の相続税が発生します。決して特殊なケースではなく、中小企業のオーナー社長なら誰にでも起こりうる話です。でも、この社長は違う選択をしました。

「相続で渡す」という前提を、一度疑ってみる

多くの社長は、会社は相続で次世代に引き継ぐものだと思っています。でも実は、「M&Aで売却して現金化してから渡す」というルートも立派な選択肢として存在します。

この2つのルート、何が違うのか。端的に言えば、税率が全然違います。

相続で渡した場合、自社株にかかる相続税の最高税率は55%。一方、M&Aで株式を譲渡した場合、株式譲渡益にかかる税率は約20%(申告分離課税)です。同じ3億円の資産が、どのルートを通るかによって、手元に残る金額が数千万円単位で変わってくるわけです。

田中社長が選んだ「2段階の設計」

今回の田中社長が取った方法は、M&A単体ではなく、役員退職金との組み合わせでした。

M&Aの交渉と並行して、社長の退職金を事前に設計し直したのです。退職所得には「退職所得控除」という大きな控除枠があります。勤続年数20年超の場合、1年あたり70万円の控除が使えます。仮に勤続40年なら、800万円+(40年-20年)×70万円=2,200万円もの控除が受けられます。

さらに退職所得は、控除後の金額を2分の1にしてから課税されるという特例もあります。同じ金額でも給与所得や事業所得と比べると、実質的な税負担がかなり抑えられるのです。

この退職金の設計とM&Aの株式譲渡をセットで組み合わせることで、田中社長の税負担は当初の試算から3割以上の圧縮に成功しました。

「順番」と「タイミング」が命

ここで最も重要なのは、設計の順番とタイミングです。

M&Aの話が動き始めてから退職金を後付けで組もうとすると、「租税回避」と見なされるリスクがあります。M&Aプロセスに入る前に、退職金規程の整備・報酬設計・退職の合理的な理由の確認など、事前の下準備が欠かせません。

また、M&Aで株式を売却した後に相続が発生すれば、相続財産は「現金」になります。現金も相続財産ですが、自社株のように評価額が跳ね上がることはありません。M&Aをうまく活用することで、相続財産の構成そのものを変えてしまえるのです。

こんな社長は、今すぐ試算を依頼してみてください

以下に当てはまる方は、M&Aと相続の比較試算をしてみる価値があります。

  • 自社株の評価額が1億円を超えている
  • 後継者がいない、または後継者問題を抱えている
  • 60歳以上で、そろそろ出口戦略を意識し始めている
  • 相続税の試算を見て「多すぎる」と感じた

M&Aというと「会社を手放す」ネガティブなイメージを持つ社長も多いですが、今や「最良の出口戦略」として積極的に活用するケースが増えています。「会社を売ること」と「家族を守ること」は、必ずしも対立しません。むしろ現金化して税負担を軽くしてから渡す方が、家族全体にとってメリットが大きいケースも少なくないのです。

事業承継をなんとなく先送りにしている社長がいたら、まずは税理士やM&Aアドバイザーに試算を依頼してみてください。数字を見てから判断しても、決して遅くはありません。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。