先日、製造業を営む社長からこんな一言を聞きました。「息子を後継者にして3年になるんだけど、まだ若いから報酬は月30万円のままにしてるんだよね」と。
私は思わず「それ、相続税でものすごく損をするかもしれません」と言ってしまいました。
後継者の報酬を「控えめ」にしておくのは一見、謙虚で好ましいことのように見えます。でも実は、将来の相続税負担を何千万・何億円単位で膨らませる可能性があるのです。
「謙遜」が億単位の税負担を生む仕組み
非上場の中小企業では、オーナーが保有する自社株の相続時評価額が問題になります。上場株のように市場価格がないため、税法に定められた計算方式で評価額を算定することになります。
その代表格が「純資産価額方式」です。会社の純資産(資産合計から負債を引いた額)をベースに株式の価値を計算する方法で、会社が儲かって内部留保が積み上がるほど、純資産が増え、株の評価額も上がります。
後継者の報酬が低いと、その分の利益が会社に残ります。会社に残った利益は内部留保として純資産を押し上げ、自社株の評価を高め、将来の相続税を重くする。この連鎖が、「謙遜な報酬設定」の落とし穴です。
年商20億・山田さんに起きた変化
製造業を経営する山田さん(年商20億円)は、息子を取締役として迎えてから3年間、月30万円の役員報酬を維持し続けていました。
「現場を覚えるのが先。利益は会社に残しておきたい」という判断でした。その結果、会社の純資産はこの3年で着実に増加し、自社株の評価額も上がり続けていました。
事業承継の専門家に相談したところ、提案されたのは「後継者の報酬を月200万円に引き上げる」という方針でした。最初は山田さんも驚いたといいます。「息子にそんなに払っていいのか」と。
3年間で何が変わったか
月30万円から月200万円への変更は、月額170万円・年間2040万円の費用増加です。3年間では累計で約6000万円分、会社の利益が後継者の手元に移ることになります。
これだけ内部留保が圧縮されると、純資産価額が大きく下がります。結果として自社株の評価額が下落し、相続税の試算額が約1億円減少しました。
月170万円の報酬差が、3年間で1億円の節税効果を生んだことになります。
後継者自身も「救われた」理由
もうひとつ、よく見落とされる論点があります。後継者が株を引き継ぐとき、相続税や贈与税を自分で用意しなければならないということです。
報酬が月30万円のままでは、手元に資金が積み上がりません。いざ相続が発生したとき、税金をどう払うかという問題が残ります。最悪の場合、株式を売却して納税資金を作らなければならなくなる。それでは事業承継の意味がありません。
月200万円の報酬があれば、毎年コツコツと納税準備ができます。後継者自身の経済的な自立という観点でも、適正な報酬設定は重要な経営判断なのです。
注意点:「高ければ高いほどいい」は間違い
ただし、報酬を上げれば上げるほどいいというわけではありません。税務上、役員報酬が「不相当に高額」と判断された場合、損金算入が否認されるリスクがあります。後継者の職務内容、会社規模、同業他社の報酬水準と比べて合理的な金額である必要があります。
また、報酬が上がると会社・本人の社会保険料負担も増えます。節税効果とコスト増加のトレードオフを試算せずに動くのは危険です。
最適な報酬水準は、会社の利益水準、純資産の規模、株式の評価方式(類似業種比準方式が使えるかどうか)によって大きく変わります。自己判断ではなく、事業承継に詳しい税理士とシミュレーションを組むのが鉄則です。
「まだ若いから低くていい」と思っているなら
後継者の報酬設定は、単なる給与の話ではありません。自社株の評価を動かし、相続税の負担を左右し、後継者の資金力にまで影響する経営上の意思決定です。
「まだ修行中だから」「親からもらいすぎるのは気が引ける」という気持ちはわかります。でも、その謙遜が数年後に億単位の税負担として返ってくる可能性があることを、ぜひ頭に置いておいてください。
次の決算を前に、一度後継者の報酬水準を専門家と一緒に見直してみることをおすすめします。シミュレーションしてみるだけで、打てる手が見えてくることは多いものです。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。