先日、長年お付き合いのある製造業の社長からこんな話を聞きました。

愛知県で30年以上、金属加工の会社を営んできた田中さん(67歳)。従業員20名を抱え、地域でも信頼の厚い会社でしたが、後継者が見つからないまま5年が過ぎました。体力の限界も感じはじめ、ついに廃業を決断。そして手続きを進めるなかで、想像を超えたコストの壁にぶつかったのです。

廃業にかかった費用の内訳

廃業の総コストは、約3000万円。

内訳を聞いて、正直驚きました。長年使ってきた機械や設備を処分すれば帳簿価額との差額で損が出ます(処分損として約500万円)。従業員には当然、退職金を払わなければなりません(合計800万円超)。残った借入の整理に600万円、さらに取引先への補償や、弁護士・税理士への依頼費用も加わりました。

これだけのコストを支払うと、手元にはほとんど何も残らなかったそうです。30年かけて積み上げてきた会社が、最後はお金を「吐き出す」かたちで幕を閉じた。田中さんは「廃業ってこんなにお金がかかるとは思っていなかった」とぽつりと話してくれました。

5年前に動き出していたら、どうなっていたか

田中さんが一番悔やんでいたのは、廃業コストそのものではなく「5年前に事業承継を検討し始めていれば」という点でした。

たとえば役員退職金。事業承継の準備を進めながら退任すれば、退職所得控除という仕組みを活用して、数百万〜数千万円の退職金を通常の給与所得よりはるかに低い税率で受け取れます。在任年数が長いほど控除額は大きくなるため、ベテラン社長ほど恩恵が大きい制度です。

さらに、自社株式の評価が膨らむ前に後継者へ移しておけば、贈与税・相続税の負担を抑えられた可能性もあります。廃業を選んだことで、そのどちらの恩恵も受けられなかった——これが3000万円の損失に加えて生じた「見えないコスト」でした。

2027年12月末という期限

もうひとつ、今すぐ知っておいてほしいことがあります。

「事業承継税制の特例措置」という制度をご存知でしょうか。後継者に自社株式を引き継ぐ際の贈与税・相続税が、一定の要件を満たせば猶予・免除されるという、中小企業オーナーにとって非常に強力な制度です。

ただし、この特例を利用するためには「2027年12月31日までに特例承継計画を都道府県に提出」しておく必要があります。計画の提出だけなら今すぐ動けばまだ間に合いますが、実際の承継手続きには数年かかるケースも珍しくありません。「来年から考えよう」が命取りになることがあります。

廃業は「最もコストが高い選択肢」かもしれない

後継者が見つからないと聞くと、廃業しかないと思いがちです。でも実際には、M&Aで第三者に事業を譲渡するという選択肢もあります。従業員の雇用を守り、経営者自身も対価を得られる方法で、近年は中小企業向けのM&A仲介も整ってきました。

経営者の高齢化が進み、後継者不在のまま廃業する中小企業は年間数万社にのぼるとも言われています。ただ、田中さんのように「選択肢を知らずに廃業した」ケースも少なくないのが現実です。

まず「うちはどんな選択肢がある?」と聞いてみる

事業承継は、動き始めるタイミングが早いほど選択肢が増えます。2027年末の特例期限を考えると、いまがまさに「真剣に考えるライン」にさしかかっている時期です。

まだ具体的に動いていないなら、まずは顧問税理士や中小企業診断士に「うちはどんな選択肢がありますか?」と一度聞いてみてください。相談するだけで頭が整理され、意外な出口が見えてくることがよくあります。田中さんのような後悔をしないために、動けるうちに動いておくことをおすすめします。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。