先日、ある社長からこんな話を聞かせてもらいました。「退職金を銀行に置いたまま何もしなかった知人と、9年後に全然違う場所にいる」と。

その方は製造業を30年以上経営し、64歳で引退した加藤社長(仮名)です。役員退職金として3億円を受け取ったものの、普通預金に置いておいても今の金利ではほぼ増えない。むしろインフレを考えると実質的に目減りしていく一方です。

「このままでいいのか」という違和感が、相談のきっかけでした。

退職金の「その後」が、老後の分かれ道になる

役員退職金は、経営者にとって最後の大きな節税チャンスです。退職所得として優遇税制が適用されるため、同額の給与に比べて税負担がかなり軽くなります。

問題はその後です。

手元に残った現金をどう動かすか——ここで判断を誤ると、現役時代の努力が老後の豊かさに結びつかないまま終わってしまう可能性があります。加藤社長の手元に残ったのは税引き後で約3億円。この時点での選択が、その後の9年を大きく変えることになりました。

税理士が提案したのは「築古RCマンション」だった

相談に乗った税理士が提案したのは、不動産投資——それも築古のRC(鉄筋コンクリート)造マンションでした。

なぜ築古RCなのか、理由は大きく二つあります。一つは耐久性の高さ。木造や軽量鉄骨に比べて長期保有に向いており、安定した賃貸経営がしやすい点です。もう一つは減価償却の活用。法定耐用年数を超えた物件は短期間で償却できるケースがあり、税務上のメリットを享受しやすい構造になっています。

加藤社長は最終的に、都市近郊の築古RCマンション3棟を合計2.8億円で取得しました。表面利回りは平均8%。手元には2000万円のキャッシュをリザーブとして確保し、空室や修繕といった不測の事態に備えました。

大きな決断でしたが、一つひとつの物件を税理士と不動産専門家が精査した上での選択です。

9年後、資産は約6億円超に

それから9年が経ちました。

3棟の物件から毎年入ってくる家賃収入は、管理費や修繕費を差し引いても着実に積み上がっていきました。加えて、物件の評価額自体も取得時からプラスで推移。家賃収入の累計と物件評価額を合わせると、資産は約6億円超に達したといいます。

もし銀行預金のままにしていたら、今の低金利環境ではほとんど増えていなかったでしょう。生活費や医療費で少しずつ減っていた可能性もあります。

もちろん、不動産投資が常にうまくいくとは限りません。空室リスク、想定外の修繕費、金利環境の変化——これらのリスクは常に存在します。加藤社長の場合は物件選びと時期が良かった面も大きく、同じ結果が誰にでも再現できるわけではありません。

「何もしない」が最もリスクの高い選択かもしれない

経営者が引退した後で見落とされがちなのが、資産の出口設計です。

現役時代は節税・経費・法人活用に知恵を絞るのに、退職金を受け取った瞬間に「貯めておけば安心」と思考停止してしまう方は少なくありません。でも実際には、受け取った後こそが重要な局面です。

不動産を選ぶ人もいれば、株式や債券、あるいは事業への再投資を選ぶ人もいます。どれが正解かはその方の状況によって変わります。大事なのは「何もしない」を選ばないこと、そして信頼できる税理士や専門家と一緒に選択肢を検討することです。

退職後の資産設計についてまだ具体的な方針が決まっていないなら、引退が近づく前に一度税理士に相談しておくのをおすすめします。退職金の受け取り方からその後の活用まで、一連の流れをトータルで設計することが、長い老後を豊かに過ごす第一歩になります。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。