先日、こんな相談を受けました。「退職金を1億円受け取ったのに、3年後に気づいたら半分以下になっていた」——愛知で製造業を営む田中社長(65歳)からの一言です。

23年間、会社を支えてきた功績に対する役員退職金として、退職時に1億円を受け取りました。退職所得には「2分の1課税」という有利な仕組みがあり、受け取り方の設計に問題はありませんでした。退職所得控除もフル活用できていました。

ここまでは何も間違っていません。では、なぜ3年後に手元の資産が5,000万円になってしまったのでしょうか。

証券会社の電話が、すべての始まりだった

退職直後、大手証券会社の担当者から電話が入りました。「せっかくの退職金ですから、賢く運用しませんか」という、よくある勧誘です。

田中社長が投資を決めた商品は3種類でした。仕組債に5,000万円、国内REITに2,000万円、米国株ファンドに2,000万円。担当者は「3つに分けているから分散できています」と説明しました。計9,000万円を動かすことになりました。

「分散投資で安全、プロに任せれば大丈夫」——退職金を受け取った直後の安堵感もあって、田中社長はその言葉を信じました。この判断が、3年後の後悔につながります。

仕組債という「時限爆弾」の正体

問題の核心は、仕組債にありました。

仕組債とは、株価や為替など複数の指標に連動した複雑な条件を持つ債券のことです。「条件を満たせば高い利回りが得られる」という設計になっていますが、条件が外れると元本が大幅に毀損します。パンフレットには「年利○%」の数字が目立ちますが、そのリスク構造は非常に複雑です。

田中社長の仕組債には、特定の株価水準を一度でも下回ると償還額が激減する「ノックイン条項」が含まれていました。購入から1年半後、市場の急落でその水準に触れた瞬間、5,000万円の仕組債はほぼ無価値になりました。

同じタイミングでREITも20%近く下落し、3年後に手元に残ったのは約5,000万円。1億円の退職金が、3年で半分になった現実です。

「3つに分けた」では分散にならない理由

「3種類に投資したから分散できている」というのは、非常によくある誤解です。

分散投資の本来の意味は、「値動きが連動しない資産を組み合わせること」にあります。仕組債・REIT・外国株は、世界的な経済ショックが起きると一斉に下落する傾向があります。表面上は3種類に見えても、リスクの連動性は決して低くありません。

さらに仕組債は、「債券」という言葉から安全な印象を受けますが、実態は条件次第で元本を大きく失うデリバティブ商品です。購入前に仕組みを完全に理解できていた投資家が、どれほどいるでしょうか。

退職金の本当のリスクは「受け取った後」にある

退職金の節税といえば、受け取り方の設計に注目が集まりがちです。退職所得控除や2分の1課税を活用して税負担を抑えることは、確かに重要な視点です。

しかし田中社長のケースが示しているのは、「受け取った後の運用計画こそが、最も重要な判断になる」という事実です。

退職金は多くの社長にとって、人生で初めて手にする「まとまった現金」です。普段1億円を自由に動かした経験がない中で、金融機関の担当者に「お任せ」してしまうと、リスクの見えにくい商品を掴まされるケースが後を絶ちません。証券会社の担当者には販売手数料が発生しています。その構造を理解した上で情報を受け取ることが必要です。

退職金を守るために意識したい3つのこと

同じ失敗を繰り返さないために、退職後の資産運用では次の3点を意識してください。

まず、生活防衛資金を先に確保することです。退職金の全額を投資に回すのではなく、5〜10年分の生活費は流動性の高い預金として手元に置いておく発想が必要です。いざというときに動かせる現金が、最大の安心材料になります。

次に、「わかりやすさ」を投資判断の基準にすることです。説明を聞いても仕組みがよくわからない商品は、リスクの所在も自分では把握できていないということです。シンプルな商品ほど、想定外の損失は起きにくくなります。

そして、独立した専門家に相談することです。金融商品の販売手数料を受け取らない独立系のFPや税理士に相談することで、利益相反のない助言を得やすくなります。「この商品を買うべきか」ではなく「自分の資産をどう守るか」を一緒に考えてくれる相手を探してください。

退職金は、長年の働きへの報酬であると同時に、老後の生活を支える砦でもあります。節税で賢く受け取っても、運用で失ってしまえば本末転倒です。退職を控えている社長は、受け取り方の設計と同じ優先度で、受け取り後の運用方針についても今から専門家と話しておくことをおすすめします。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。