先日、ある経営者からこんな連絡が来ました。

「退職金で1億円受け取ったのに、3年で半分になってしまいました。どうしたらよかったんでしょうか」

30年間、ひとつの会社を守り続けてきた田中さん(仮名)の言葉です。後継者への引き継ぎも無事に終えて、あとはゆっくり老後の設計を——そう思っていた矢先の出来事でした。

退職金は、多くの経営者にとって「人生で最初で最後の大きなまとまったお金」です。そのお金をどう扱うかで、老後の豊かさが大きく変わってきます。田中さんのケースは、決して他人事ではありません。

証券会社の提案を「信頼」した

退職金1億円を受け取った直後、田中さんのもとに大手証券会社の担当者が訪ねてきました。

「このまま銀行預金では勿体ないですよ。国内株と仕組債を組み合わせれば、年利3〜5%は狙えます」

その言葉を信じて、国内株に4,000万円、仕組債に2,000万円を振り向けました。残り4,000万円は手元に残す判断でした。この時点では、それなりにバランスを取ったつもりだったといいます。

問題は、退職金を受け取った翌年に相場が急落したことです。4,000万円投じた株のポートフォリオは、最安値で1,800万円を下回りました。半値以下です。さらに深刻だったのが仕組債で、解約制限がついていたため、損失が確定しているのに現金化できなかったのです。

「焦り」が次の判断を狂わせた

相場急落でダメージを受けた田中さんは、手元に残っていた4,000万円で何とか取り返そうと考えました。

そこで目に入ったのが、「利回り8%」をうたうワンルームマンション投資です。都市部の駅近物件で、担当者の説明も丁寧でした。「株と違って実物資産だから安心ですよ」という言葉も背中を押しました。

しかし現実はそう甘くありません。入居者がなかなか決まらず、空室期間が続きました。さらに築年数の問題で修繕費がかさみ、管理費・ローン返済・修繕を合わせると毎月数万円の赤字が続く状態に。

3年が経過したとき、田中さんの手元に残っていたのは約5,000万円。受け取った1億円から、実に5,000万円近くが消えていたのです。

退職金運用で犯しやすい3つのミス

田中さんのケースを振り返ると、3つの判断ミスがはっきり見えてきます。

ミス1:相場リスクを軽く見た

株式投資は元本保証ではありません。特に一度に数千万円を投入する場合、時間分散が重要です。退職直後は精神的にも余裕がなく、急落時の冷静な判断が難しくなりがちです。

ミス2:仕組債の「解約制限」を見落とした

仕組債はシンプルな債券ではなく、オプションを組み込んだ複雑な金融商品です。「高利回り」の裏には必ず条件があり、特定の事態が起きると大きな損失が発生する構造になっています。解約制限の有無は必ず確認すべきポイントです。

ミス3:「実物資産=安全」の思い込み

不動産は確かに実物資産ですが、空室リスク・修繕リスク・流動性リスクを抱えています。「高利回り」を強調する物件ほど、何らかのリスクが隠れている場合がほとんどです。利回りだけで判断するのは危険です。

退職金は「売る側」ではなく「中立な専門家」に相談する

田中さんが後悔していたのは、投資の成否だけではありませんでした。

「専門家に相談するという発想自体がなかった。証券会社と不動産会社の担当者しか話を聞いていなかった」

これが最も根本的な問題です。証券会社も不動産会社も、商品を売ることがビジネスです。提案が悪意に基づくわけではありませんが、田中さんの資産全体を俯瞰した上でのアドバイスではありませんでした。

退職金の運用を考えるなら、まず独立系のファイナンシャルプランナーや資産運用に詳しい税理士に「全体の方針」を相談することが大切です。「何に投資するか」より先に「どのくらいのリスクを取れるか」「何年後にいくら必要か」を整理する——これが正しい順番です。

退職金は人生で一度しかありません。まだ受け取る前の段階であれば、受け取り方(役員退職金の設計)から専門家に相談しておくのがおすすめです。受け取り後も同様で、最初の1手を焦らないことが、長期的な資産を守る最大の対策になります。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。