先日、老舗の印刷会社を経営する社長から、こんな相談を受けました。「息子を取締役に迎えて3年になる。月150万の役員報酬を渡しているのに、本人は手取りが少ないと言う。何か手はないか」

話を聞きながら、内心こう思いました。「これは設計の問題だ」と。高い報酬を払っているのに手元に残らない。この構造、実は報酬の「額」ではなく「設計」の問題であることが多いのです。

月150万の設計が、じつは一番損をしている

役員報酬を月150万円に設定すると、後継者の年収は1,800万円になります。所得税の最高税率は45%、住民税10%を加えると実効税率は50%を超えてくる水準です。社会保険料も上限近くで固定されますが、それでも全体の税・社保負担は重い。

一方、月80万円の設計に変えるとどうなるか。年収960万円はやはり高収入ですが、累進課税の急勾配なゾーンをかなり外れます。後継者個人の所得税・住民税の累計差額だけを5年間で比較すると、設計によっては約1,700万円の差が生まれることがあります。

「報酬を下げたら手取りも減るじゃないか」という声が聞こえてきそうです。でも、ここに退職金という設計が加わると、話はまったく変わってきます。

退職金は「出口の節税」として最強の武器

役員退職金には、勤続年数に応じて課税所得が大きく圧縮される「退職所得控除」という制度があります。勤続20年超の部分は1年あたり70万円の控除が積み上がり、30年勤務なら単純計算で1,500万円超の控除が使えます。しかも退職所得は、課税対象が2分の1になるという二重の優遇がある。

毎月の役員報酬を適切に抑えながら在任期間を積み上げ、最終的に退職金という形でまとめて受け取る。この設計をとることで、個人レベルの手残り総額は大きく変わります。月150万設計と、月80万+長期退職金設計を比べると、5年間の累積差額は3,000万円を超えるケースも珍しくないのです。

最大の落とし穴は「改定のタイミング」

ここで一つ、絶対に押さえておかなければならないルールがあります。役員報酬は原則として、事業年度の期首から3ヶ月以内にしか改定できません。一度設定したら、その期は変えられない。

つまり、後継者が就任してから「さあ最適化しよう」と考え始めても、もう手遅れということがよくあるのです。翌期首まで待つしかなく、その間にも毎月の税負担差は積み上がっていきます。

正しい順番は、就任の前から設計すること。できれば前期の決算が終わった段階で税理士と試算を始め、就任初年度の期首改定に間に合わせるのが鉄則です。「とりあえず高めに設定して、あとで調整しよう」という発想が、5年・10年の損失を生む最大の原因になります。

個人と法人、一体で考えてこそ意味がある

後継者個人の節税だけでなく、法人側の視点も加えると設計はさらに洗練されます。役員報酬は法人の損金に算入できるため、会社の利益を圧縮する効果もある。個人と法人を合算した「グループ全体の税負担」として最適化することで、単純に報酬を上げ下げするよりも大きな効果が生まれます。

この視点を持っているかどうかで、税理士のアドバイスの質は大きく違います。「後継者の報酬をいくらにしますか?」と聞くだけの税理士と、「個人・法人・退職金を組み合わせてどう設計するか」を提案できる税理士では、10年後の結果がまったく異なります。

事業承継は「引き継ぎ」でなく「設計」

株式の移転や経営権の移行に目が向きがちな事業承継ですが、報酬設計こそが後継者の長期的な可処分所得を左右する重要な要素です。就任前に設計する、退職金と組み合わせる、個人と法人を一体で最適化する——この三つの視点があるだけで、20年・30年の累積効果はまったく変わってきます。

すでに後継者を役員に入れていて、報酬設計を見直したことがないなら、次の期首改定が最大のチャンスです。年に一度しかない機会を、ぜひ有効に使ってください。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。