退職金が振り込まれた翌月に、マンション購入の契約書にサインしてしまった——そんな社長の話を聞いたとき、少し胸が痛くなりました。

退職金は、何十年もかけて会社に積み上げてきたお金です。それが5,000万円になるなら、なおさら慎重に使いたいですよね。「税金対策になるから不動産がいい」というアドバイスを耳にして、飛びつきたくなる気持ちはよくわかります。

でも、ちょっと待ってください。退職金で不動産を買うには、知っておかないと後悔する落とし穴が3つあります。今日はそれを、正直にお話しします。

5,000万円の物件を買っても資産は4,700万円しかない

5,000万円の物件を購入したとして、あなたの手元に残る実質的な資産はいくらでしょう。

答えは約4,700万円です。仲介手数料が満額で約156万円、司法書士への登記費用が20〜30万円、そして不動産取得税がおよそ100〜120万円。合計すると、購入した瞬間に300万円前後がすでに「消えている」状態になります。

この初期コストを知らずに「5,000万の資産を手にした」と思い込んでしまう方が少なくありません。買った瞬間にマイナスからスタートする——これが不動産投資の最初の落とし穴です。

もちろん、物件が値上がりすれば回収できます。ただ、その「値上がり」は保証されているわけではありません。購入コストは確実に発生するコストとして、最初から計算に入れておく必要があります。

急なときに動かせない資産を抱えるリスク

退職後の生活でいちばん怖いのは、想定外の出費が発生することです。

たとえば大きな医療費、あるいは以前の事業に関わる保証債務が顕在化したとき。不動産はすぐに現金化できません。売却の合意から引き渡しまで、最低でも3〜6ヶ月はかかるのが現実です。市況が悪ければさらに長引くこともあります。

退職金の全額を不動産に突っ込んでしまうと、急場をしのぐ現金が手元にない状況に陥りかねません。「老後のために不動産を持つ」のは悪いことではありませんが、生活資金や緊急資金との分離なしに全額を投じるのはリスクが高すぎます。

一般的には、退職金の3〜4割程度を流動性の高い資産として手元に残しておくことが推奨されています。投資は余裕資金で——これは不動産でも変わらない原則です。

「相続税対策になる」は2024年から大きく変わった

不動産投資を検討する理由として「相続税を減らしたい」という声をよく聞きます。確かに以前は、区分マンションを路線価で評価することで、時価との大きな差を節税に活かす方法が有効でした。

しかし2024年1月から、この評価方法が変わりました。路線価が時価の60%を下回るような極端な乖離がある場合、国税当局が「実勢価格に近い評価額」に修正できるようになったのです。

これにより、タワーマンションなどを活用した節税スキームの効果が激減しています。「不動産を買えば相続税が下がる」という以前の常識は、今や通用しないケースが続出しています。新ルールのもとで効果的な活用方法がないわけではありませんが、2024年以前のような「誰でも使えるお得な節税策」という時代は終わったと考えておくべきでしょう。

購入前に必ず税理士に評価シミュレーションを確認してもらうことを強くおすすめします。

退職金を守るための正しい判断基準

3つの落とし穴を整理すると、こういうことです。購入コストで最初から300万円規模のマイナスが生じること、全額を不動産に回すと緊急時に動かせなくなること、そして相続税評価のルール変更により以前ほどの節税効果が期待できなくなったこと——この3点です。

不動産が悪い投資だと言いたいわけではありません。ただ、退職金は「取り戻しのきかないお金」です。リスクを正確に理解した上で、専門家の意見も踏まえて判断してほしいのです。

退職金の使い道を考えているなら、まずは税理士や資産運用の専門家に相談してみてください。300万円の初期コストを知った上で「それでも買う」と決断するのと、知らずに買うのでは、まったく意味が違います。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。