先日、創業30年の製造業の社長からこんな相談を受けました。
「専務に事業を継がせたいんですが、株をそのまま渡そうとすると税金が億単位になるらしくて。何かいい方法はないですか?」
会社の評価額はおよそ10億円。後継者候補の専務さんは20年以上一緒に働いてきた右腕で、経営の実力も信頼も十分。ところが、贈与や相続でそのまま株を渡すとなると、最大55%の税率がかかる可能性があります。10億円の株なら、5億円以上が税金で消えてしまう計算です。
そこでこの社長が選んだのが、MBO(マネジメント・バイアウト)という手法でした。
「贈与」「相続」より税負担を大幅に抑えられるのはなぜか
贈与税・相続税の最高税率は55%です。それに対して、株式を「売却」した場合にかかる所得税・住民税は合計約20%(申告分離課税)に抑えられます。
同じ10億円の株を渡すにしても、「贈与」なら5億円超が税金になり得るのに対し、「売却」なら約2億円の税負担で済む。この差は非常に大きいです。
MBOはこの「売却」という形を活用した仕組みです。税法上、株式の譲渡益は分離課税の対象となるため、オーナーの年収や他の所得に関係なく、一律約20%で課税が完結します。
MBOの流れをざっくり説明すると
MBOとは、会社の経営幹部(今回でいえば専務)が金融機関から融資を受け、現オーナーの株式を買い取る取引です。
流れとしてはこうなります。
- 専務が金融機関(銀行・政策金融公庫など)から融資を受ける
- その資金で、社長が保有する株式を「時価」で購入する
- 社長は株を売却し、代金を現金で受け取る
- 専務は正式な株主として経営の主導権を握る
社長側は「株の売却益」として約20%の税負担で済み、専務は融資を通じて名実ともに経営トップになれます。
社長にとっての最大のメリットは「現金が手元に残る」こと
この方法を選んだ社長が特に喜んでいたのは、「引退後の生活資金が現金で手元に残る」という点でした。
贈与や相続で株を渡した場合、税金を払うのは受け取った側です。渡した社長の手元には何も残りません。MBOなら、売却代金として数億円の現金が社長の口座に入ってきます。
退職金とは別にまとまった手元資金ができるため、引退後の生活設計が格段に立てやすくなります。「老後は現金でしっかり確保したい」という社長にとっては、非常に合理的な選択です。
後継者にとっても「買った」という当事者意識が生まれる
贈与や相続で株を受け取った場合、経営権はあっても心のどこかに「もらいもの」という意識が残ることがあります。でも、MBOで自ら融資を受けて株を買い取れば、自分のお金と信用で会社のオーナーになったという覚悟と当事者意識が生まれます。
融資の返済があるぶん経営に対する緊張感も高まり、結果として会社の成長につながるケースも多いです。「渡す」より「売る」ほうが、後継者をより強くすることもあります。
気をつけたい3つのポイント
ただし、MBOは万能ではありません。実行前に必ず確認しておきたい点があります。
融資が通るかは会社の財務状況次第です。金融機関が融資するかどうかは、会社の収益力や財務の健全性によります。赤字続きや過大な借入がある会社では融資が難しいケースもあります。
株価の評価方法が重要です。株式を「時価」で売買する必要があるため、税務上問題のない価格設定が求められます。評価方法を誤ると、低い価格での売買が「みなし贈与」と判断されるリスクがあります。
後継者の返済負担も計画的に。融資を受けた後継者は、会社の利益から返済を続けなければなりません。返済計画は会社のキャッシュフローをベースに慎重に設計する必要があります。
事業承継は「誰に渡すか」だけでなく、「どうやって渡すか」によって、手取りが数億円単位で変わることがあります。自社株の評価額が上がっているいまこそ、MBOという選択肢を一度検討してみてください。まずは事業承継を専門とする税理士に相談することを強くおすすめします。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。