先日、名古屋の製造業の社長から相談を受けました。息子さんを後継者として迎えて数年が経ち、いざ承継の準備を進めてみると「自社株の評価額が思ったより高くて、税金が払えないかもしれない」と青ざめた顔で話してくれたのです。

詳しく聞いてみると、息子さんの役員報酬を月30万円に設定したままにしていました。「まだ若いし、実績を積んでから上げようと思って」という判断は、気持ちとしてはよくわかります。ところが、その「控えめな報酬」こそが、事業承継コストを大幅に押し上げていたのです。

役員報酬が低いと、自社株の評価は上がり続ける

非上場の中小企業では、自社株の評価額は「会社の純資産」や「利益水準」をもとに計算されます。ここが落とし穴です。

役員報酬が低いということは、その分だけ法人の利益が大きく残ります。利益が大きくなれば、株式の評価額も上がります。後継者に株を渡すとき(贈与や相続)にかかる税額が、じわじわと膨らんでいくわけです。

逆に言えば、後継者の役員報酬を適切に引き上げることで、法人利益を圧縮し、自社株の評価額を下げることができます。これが「報酬設計で事業承継コストを下げる」という発想の核心です。

月30万円→80万円に引き上げたら何が起きたか

先ほどの社長のケースに戻ります。息子さんの役員報酬を月30万円から月80万円に引き上げると、年間で600万円の人件費が増えます。その分、法人の課税所得が600万円圧縮されます。

この利益圧縮が数年にわたって積み重なると、自社株の評価計算に使われる「類似業種比準価額」や「純資産価額」が下がります。結果として、株式承継にかかる贈与税・相続税の総額が約1億円減少する試算が出たのです。

もちろん、役員報酬を増やせばその分、後継者の所得税や社会保険料の負担も増えます。単純に「高く設定すればいい」という話ではありません。それでも、後継者が会社の中核を担っているなら、市場水準に見合った報酬を支払うことは、節税以前に当然の経営判断でもあります。

「いつ」設定するかが、実は一番大事

役員報酬には「事業年度開始から3ヶ月以内に決定する」というルールがあります(定期同額給与の原則)。年度の途中で勝手に変更すると、損金算入が認められなくなります。

事業承継を検討しているなら、来期の役員報酬の改定タイミングを今から逆算しておく必要があります。「承継の5年前から手を打つ」のが理想です。自社株評価は毎年の積み重ねで変わるので、早く動いた分だけ効果が大きくなります。

「適正報酬」の水準をどう決めるか

報酬を引き上げるにあたって、注意したいのが「不相当に高い役員給与」とみなされるリスクです。同業他社・同規模企業の水準と大きくかけ離れた金額を設定すると、税務調査で否認される可能性があります。

判断のポイントは3つです。後継者の職務内容・権限が実態として伴っているか。同業種・同規模の相場と比べて著しく高額でないか。過去の業績・利益水準と整合しているか。「節税のために報酬を上げる」という動機ではなく、「貢献に見合った報酬を支払う」という実態づくりが大切です。社内での職務権限の整理も、あわせて進めておきましょう。

今期中に一度、試算してみてください

後継者がいる社長には、今期の決算書を見ながら、こう問い直してほしいのです。「後継者の報酬は、実際の貢献と市場水準に見合っているか?」

そこにギャップがあれば、来期の改定で修正するチャンスがあります。自社株評価の試算は、税理士に依頼すれば数日でできます。承継コストが1億円単位で変わる可能性がある話ですから、今期中に一度確認しておくことを強くおすすめします。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。