先日、ある製造業の社長から「退職金の準備を進めているんだけど、税務署に否認されることってあるの?」と聞かれました。

「もちろんあります。それも数千万単位で」とお答えしたところ、顔色が変わりました。

役員退職金は、退職所得控除や分離課税の恩恵があるため、節税効果が高い一方で、税務署が目を光らせる項目でもあります。適正に準備していないと、せっかく支給した退職金がそのまま否認される——そういったケースが実際に起きています。

今回は、税務調査で退職金が否認された事例を3つ紹介します。「まさか自分は大丈夫」と思っている方ほど、ぜひ最後まで読んでください。

功績倍率が高すぎて2,000万円否認

役員退職金の計算式に「最終報酬月額 × 在任年数 × 功績倍率」というものがあります。この功績倍率が問題になったケースです。

ある会社が功績倍率を3.5倍に設定し、退職金を計算・支給しました。しかし税務調査で「同規模・同業種の相場は2〜3倍程度」と指摘され、3.5倍が「不相当に高額」と認定されてしまいます。

この会社には、3.5倍という数字に合理的な根拠がありませんでした。「社長の功績を考えて高めに設定した」だけでは、税務署は納得してくれません。結果として約2,000万円が損金不算入となりました。

功績倍率は同業他社の事例を複数集め、それを超える場合は「なぜこの倍率なのか」を文書で説明できる状態にしておく必要があります。感覚的な判断が一番危険です。

在任年数を30年と計算して1,500万円否認

こちらは計算ミスという側面もありますが、税務署の目線は厳しいケースです。

ある社長が退職金を計算する際、登記上の在籍年数である30年をそのまま使いました。確かに登記上は30年社長をしています。しかし税務署が実態を調べると、実質的な代表業務を担っていた期間はわずか8年でした。

それ以前は形式上の代表であり、実際の経営判断は別の人物が行っていたのです。税務署はこの「実質的な在任期間」を8年と認定し、大半の退職金が否認されました。否認額は1,500万円にのぼりました。

在任年数は登記日ではなく、「実際にいつから代表として経営を担ってきたか」で考える必要があります。議事録や意思決定に関する書類なども、証跡として事前に整えておくことが大切です。

退職の実態なしで3,000万円全額否認+重加算税35%

3つの中で最も重い結果になったのがこのケースです。分掌変更を利用して退職金を支給したものの、3,000万円全額が否認され、さらに重加算税35%が上乗せされました。

分掌変更とは、役員の地位や職務内容を大きく変更することです。たとえば代表取締役から非常勤役員になるような場合、税務上「退職」として扱うことができ、退職金を支給できる場合があります。

この社長は非常勤役員に変更し、そのタイミングで退職金を受け取りました。ところが調査の結果、非常勤役員になった後も週5日出社し、経営判断のほとんどに関与していたことが判明しました。名前だけ変えて実態はまったく変わっていなかったのです。

「退職の事実なし」と認定されれば、退職金ではなく役員報酬として扱われます。しかも実態を偽って退職金を支給したと判断されたため、重加算税35%が追加で課されました。元の税額に35%上乗せは、経営に相当なダメージを与えます。

3つの事例に共通すること

今回紹介した3つのケースに共通するのは、「書類と実態の裏付けがなかった」という点です。

功績倍率の根拠、在任期間の証跡、退職後の職務実態——どれも事前に整えておけば、防ぐことができた否認です。役員退職金は税務調査の優先ターゲットになりやすく、設計の段階から専門家と組んで「否認されない構造」を作っておくことが重要です。

退職金の設計を検討しているなら、今すぐ顧問税理士と現在の役員体制・在任期間・功績倍率の根拠を確認しておくことをおすすめします。今日紹介した事例のように、数千万円の差になることを覚えておいてください。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。