先日、創業25年の建設会社の社長からこんな相談を受けました。「来年、先代の会長に退職金を3,000万円払う予定なんですが、問題ないですかね?」と。金額だけ聞くと、そこまで大きな数字ではないように思えます。でも詳しく話を聞くと、書類が何も整っていなかったんです。
これは危ない、と直感しました。
退職金の「適正額」は計算式で決まる
役員退職金には、税務署が認める計算方式があります。「功績倍率方式」と呼ばれるもので、式はシンプルです。
最終月額報酬 × 勤続年数 × 功績倍率
たとえば、月額報酬50万円・勤続20年の役員なら、50万円×20年×2.5倍=2,500万円が一つの目安になります。
ここで注目すべきは「功績倍率」です。実務上、税務署に否認されにくいとされる倍率は2〜3倍の範囲。社長(代表取締役)でも3.0倍を超えると、「高額すぎる」として調査のターゲットになりやすくなります。
金額より怖い「書類がない」問題
実は、税務調査で役員退職金が問題になるケースの多くは、金額そのものより「根拠が示せない」ことにあります。
退職金の支給前に、必ず揃えておくべき書類が3つあります。
- 株主総会議事録:退職金の支給を決議した正式な記録
- 功績評価書:在任中にどれだけ会社に貢献したかを示す文書
- 算定根拠書類:功績倍率方式の計算過程を記録したもの
この3点セットがないと、たとえ計算上は適正な金額でも「根拠がない」として否認されることがあります。税務署から見れば「なぜその金額なのか説明できない=恣意的な支出」と映るわけです。
税務調査は5年前まで遡る
「もう支払ってしまったから今さら…」という方も少なくないですが、税務調査は原則として過去5年に遡れます。悪質と判断された場合は7年まで延長されることもあります。
そして最も恐ろしいのが「重加算税」です。仮装・隠蔽があったと判定されると、本来の追加税額にさらに**35%**が上乗せされます。退職金の否認で追徴課税が1,000万円になれば、そこに350万円が加算される計算です。
書類を作っていなかったことが「意図的な隠蔽」と見なされるケースもあるため、後から遡って整備するのは非常に難しい。だからこそ、支給前の準備が重要なんです。
なぜ「3000万円」が調査を招くのか
冒頭の社長の話に戻りましょう。会長の最終月額報酬が60万円、勤続年数が30年だったとします。功績倍率方式で計算すると、60万円×30年×2.5倍=4,500万円が一つの上限目安になります。
金額だけ見れば3,000万円は「適正範囲内」かもしれません。でも議事録も評価書も算定根拠もなければ、その「適正」を証明する術がない。税務署の調査官が帳簿を見て3,000万円という数字を発見したとき、根拠書類がなければ真っ先に疑問視します。
金額の大きさが調査官の目を引き、書類のなさが「否認」へのドアを開く——この組み合わせが最もリスクの高いパターンです。
支給前に動けば、リスクは大きく下がる
良いニュースは、これらの書類は支給前であれば今からでも整備できるということです。功績評価書は、在任中の事業実績・危機対応・組織構築などを具体的に記録するもの。過去の事実をまとめるだけなので、そこまで難しいものではありません。
重要なのは「形式を揃える」こと。株主総会議事録は定型書式に沿って、議事録番号・日付・出席者・決議内容を明記する。算定根拠書類は計算式と各数値の根拠を一枚にまとめる。これだけで、調査官からの「なぜですか?」に堂々と答えられるようになります。
役員退職金は、うまく活用すれば会社の利益を合法的に圧縮できる有効な手段です。だからこそ税務署も注目するし、きちんと整備すれば守られる。
退職金の支給を検討しているなら、金額を決める前に書類の準備を。それが税務調査で痛い目に遭わないための、最もシンプルな対策です。ぜひ早めに顧問税理士に相談してみてください。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。