「先生、息子に会社を継がせたいんですが、税金がとんでもない金額になるって聞いて……」
こんな相談を受けたのは、製造業を営む60代の社長からでした。従業員は50人を超え、工場も持つ立派な会社です。でも「いざ引き継ごう」となったとき、自社株の評価がとんでもない金額になっていることに初めて気づく、というケースが本当に多いのです。
今日は、10年前から計画的に動き始めたある社長が、最終的に1億円以上の承継コスト削減に成功したロードマップをご紹介します。
「株価が高いうちは何もできない」は大きな誤解
製造業を営む田中社長(仮名)が動き始めたのは58歳のとき。「10年後に息子へ渡す」というゴールを設定し、逆算で動いたことが成功の鍵でした。
まず着手したのが、会社が長年抱えていた含み損のある資産の整理です。使われなくなった機械設備、値下がりしたまま持ち続けていた有価証券——これらを計画的に処分することで、自社株の評価額を約30%圧縮することに成功しました。
「業績がいいうちに手を打つ」のが鉄則です。会社の利益が高ければ高いほど株価は上がり、相続税・贈与税の負担も膨らんでいきます。後継者への株の移転は、できるだけ株価が低いタイミングで行うのがセオリー。そのための「仕込み」に、数年という時間が必要なのです。
8,000万円の退職金、税負担は500万円台に
次に取り組んだのが、役員退職金の計画的な設計です。
田中社長の勤続年数は35年。功績倍率を2.5倍として計算すると、税務上認められる適正な退職金は約8,000万円となりました。一見「もらいすぎ」に見えるかもしれませんが、これが税法上の合理的な水準であれば問題ありません。
退職金には「退職所得控除」という強力な優遇があります。勤続35年なら控除額は1,750万円。さらに退職所得は2分の1課税という仕組みがあるため、8,000万円の退職金でも実際の税負担は500万円台まで圧縮できました。
仮に同額を役員報酬として受け取っていたら、所得税・住民税・社会保険料で3,000万円以上かかっていた可能性があります。退職金という「器」を使うだけで、これだけの差が生まれるわけです。
事業承継税制の特例措置で「仕上げ」
そして最後に活用したのが、事業承継税制の特例措置です。後継者への自社株の贈与・相続にかかる税金を猶予(実質免除)できるこの制度は、2027年3月末までに「特例承認計画」を提出することが適用条件となっています。
田中社長のケースでは、すでに自社株の評価を圧縮した状態でこの特例を適用できたため、猶予される贈与税額そのものも大幅に抑えることができました。10年かけた対策の積み重ねで、承継コストのトータル削減額は1億円を優に超えました。
「まだ早い」と思っているその期間が最大のチャンス
事業承継の対策は、時間が長ければ長いほど選択肢が増えます。逆に言えば、直前になるほど「打てる手」が急速に減っていきます。
特例措置の期限もあります。株価も、会社の業績次第でいつ上がるかわかりません。「60歳になったら考えよう」と思っているその期間こそが、実は最大の節税チャンスです。
「うちの自社株がいくらの評価になっているか、よくわからない」という状態の社長は、まず現状の把握から始めることをおすすめします。評価額を知るだけで、次に打つべき一手が見えてきます。10年後の承継を、今日から逆算してみてください。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。