先日、ある製造業の後継者の方とお話する機会がありました。「父が突然倒れたとき、頭に浮かんだのは会社のことより”2億円”という数字でした」と、静かに話してくれました。\n\n相続税の申告書に書かれた額と、株式を正式に引き継ぐための費用の試算。どちらも1億円を超える話で、「こんなお金、どこから出せばいいのか」と途方に暮れていたそうです。\n\nこの状況、決して珍しくありません。中小企業のオーナーが急逝すると、残された後継者が「会社を守るか、相続税を払うか」という二択に追い込まれることがあります。\n\n## 自社株2億円の社長に何が起きるか\n\nまず、問題の構造を整理しておきましょう。\n\n自社株の評価額が2億円のオーナー社長が亡くなったとします。この2億円は相続財産に含まれるため、相続税の課税対象になります。法定相続人が配偶者と子ども1人の場合、基礎控除を引いた後でも相続税は数千万円規模になることがほとんどです。\n\nさらに問題なのは「株式は現金じゃない」という点です。2億円の株を相続したとしても、それを現金に換えるには株を売るか買い取ってもらうしかありません。でも相続税の納付期限は申告から10ヶ月。その間に億単位の現金を用意する必要があります。\n\nオーナー企業の社長は往々にして、個人資産の大半が「自社株」という形で固定されています。現金は少ない。でも税務署は現金で払ってほしい。この構造的な矛盾が、後継者を追い詰めます。\n\n## 法人保険が「一石二鳥」になる理由\n\nこの二重苦を解消するのに有効な手段が、法人で生命保険に加入することです。\n\n仕組みを一言でいうと「会社がお金を受け取り、それを遺族に渡す」という流れです。具体的には、会社が社長を被保険者として死亡保険に加入しておき、万が一のときは会社が保険金を受け取ります。そして、その保険金を原資にして遺族に退職金や弔慰金として支払うわけです。\n\nなぜこれが節税になるのか。退職金・弔慰金には相続税法上の非課税枠があります(「500万円 × 法定相続人の数」が非課税)。適正額の範囲内であれば相続財産から切り離されるため、遺族の手元に残る財源が大きくなります。\n\n整理するとこうなります。\n\n- 会社が死亡保険金を受け取る\n- それを退職金・弔慰金として遺族に渡す\n- 遺族はそのお金で相続税を払い、株の引き継ぎ費用にも充てる\n\n相続税の財源と承継資金を、保険1本で同時に確保できる仕組みです。\n\n## 在籍中の法人税も軽減できる\n\nもうひとつのメリットが「現役中の節税効果」です。\n\n法人が支払う保険料は、一定の条件を満たせば損金(会社の経費)に算入できます。毎年の保険料が損金になれば、その分だけ法人税の課税所得を圧縮できます。たとえば年間保険料が300万円で損金算入割合が60%なら、毎年180万円の課税所得が減る計算です。\n\n相続・承継の備えをしながら、同時に毎年の税負担も軽減できる。これが法人保険を「一石二鳥」と表現する理由です。\n\n## 2019年以降はルールが複雑化している\n\nただし、ここ数年でルールが大きく変わっている点には注意が必要です。\n\n2019年の税制改正で、法人保険の損金算入ルールが全面的に見直されました。改正前は解約返戻率が高い保険でも全額損金にできるケースがありましたが、現在は解約返戻率に応じた損金算入割合の上限が細かく設定されています。\n\nたとえば解約返戻率が70%超85%以下の場合、損金算入できるのは保険料の40%まで、といった具合です。設計を間違えると「節税のつもりが、ただのコスト増」になりかねません。\n\n保険の種類・払込期間・解約のタイミング・退職金の設定額…これらを組み合わせて最適化するには、保険代理店だけでなく税理士との連携が欠かせません。「保険屋さんに勧められたから入った」だけでは危ない時代になっています。\n\n## 動けるうちに、動く\n\n自社株の評価額がどのくらいか、まだ把握していない社長は意外と多いものです。\n\nまずは顧問税理士に「うちの株式評価、いくらになっていますか?」と聞いてみてください。評価が1億円を超えているなら、法人保険を活用した相続・承継の設計を本格的に検討する段階です。\n\nもうひとつ忘れてはいけないことがあります。保険の加入には健康告知や医師の審査が伴います。「いざ考え始めたときには、社長の体が思わしくなかった」というケースも実際に起きています。保険は健康なうちにしか入れません。\n\n動けるうちに動く。事業承継において、これ以上シンプルな教訓はないと思います。\n\n※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。