先日、ある税理士仲間からこんな話を聞きました。

製造業を営むAさん、65歳。「あと10年は現役で、息子にバトンを渡すつもりだ」と話していたそうです。会社は順調で、売上も従業員数もそれなりの規模。でも、保険は個人の生命保険しか入っていなかった。法人保険は「コストがかかる」と後回しにしていたのです。

そのAさんが、ある日突然体調を崩しました。

「まだ10年ある」が消えた日

医師から告げられたのは、すぐに引退が必要な診断でした。10年後の計画が、一瞬で崩れた瞬間です。

そこで初めて気づきます。退職金の原資が、まったく準備できていなかったことに。

会社の内部留保は確かにありました。でもそれは運転資金であり、将来への投資資金でもある。「退職金は後で考える」とずっと先送りにしてきた結果、いざというときに使える原資がゼロだったのです。

法人保険があれば、話は全然違った

法人保険の本質は「節税」だけではありません。正確には、次の3つを同時に実現できるツールです。

① 保険料の一部を損金に計上できる タイプによって異なりますが、保険料の一定割合が損金扱いになり、毎年の法人税を抑えながら積み立てていける設計が可能です。

② 解約返戻金が退職金の原資になる 社長が引退するタイミングで解約し、その返戻金を退職金として支給する。これが法人保険の教科書どおりの使い方です。退職金には税制上の優遇もあるので、手取りも最大化できます。

③ 株式評価額を下げられる ここが見落とされがちな点です。保険料を支払うことで会社の純資産が圧縮され、非上場株式の評価額も下がります。後継者が将来受け取る株式に対してかかる贈与税・相続税が、大きく変わってくるのです。

Aさんのケースでは、法人保険を活用していれば抑えられたはずの税負担が、後継者である息子さんに1億円規模でのしかかることになりました。

「まだ若いから」は一番危ない

法人保険に関してよく聞く言い訳が「まだ若いから」「まだ時間があるから」です。でも、加入を先延ばしにするほど、保険料は上がります。50代と60代では、同じ保障内容でもコストがまるで違う。

さらに、健康状態が悪化してから加入しようとしても、審査が通らないケースがあります。Aさんのように「いざというとき」には、すでに手遅れという状況になりかねません。

法人保険は「元気なうちにしか設計できない」ものだという認識が必要です。

事業承継の準備は「今の健康状態」が前提

事業承継の話をすると、多くの社長は「まだ先の話」と感じます。でも実際には、準備に5年から10年かかることも珍しくありません。株価対策、後継者への教育、会社の組織整備、そして退職金の原資づくり。これらすべてに時間が必要です。

法人保険はその中でも、早く始めれば始めるほど効果が高い。10年間積み立てるのと5年間では、返戻金の水準も、株価への影響も大きく変わってきます。

Aさんの息子さんは今、1億円という重荷を背負いながら会社を続けています。父親が「ちょっと面倒くさい」と後回しにしていた判断が、こういう形で残ったのです。

自社に合った設計が大前提

ひとつ注意点があります。法人保険は種類が多く、損金算入割合も商品によってさまざまです。節税効果だけを追いかけた設計は、国税庁から問題視されることもあります。2019年以降、ルールも大きく変わりました。

「とりあえず保険に入ればいい」という発想は危険で、自社の規模・キャッシュフロー・承継スキーム全体を踏まえた設計が不可欠です。

まだ法人保険を検討したことがないなら、今期中に一度、事業承継も視野に入れた保険の見直しを税理士や専門家に相談してみてください。Aさんの話は、決して他人事ではありません。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。