先日、愛知県で製造業を営む田村社長(仮名)からこんな相談を受けました。
「会社の株価が1億円を超えてしまって、このまま息子に渡すといったいいくら税金がかかるんでしょう?」
顧問の先生に試算してもらったところ、「このまま相続になれば数千万円の税負担です」と告げられ、頭が真っ白になったそうです。社員を抱え、長年かけて育ててきた会社を守るために、それだけの現金が一気に出ていくのか、と。
でも実は、自社株の評価額は「下げられる」のです。しかも、合法的に、かなり大幅に。
株価1億円が3,000万円台になる仕組み
中小企業の株価は、税務上「純資産価額方式」や「類似業種比準方式」などで算定されます。このとき評価額に大きく影響するのが、会社の純資産(内部留保)の大きさです。
田村社長がまず取り組んだのが、役員退職金の活用でした。
社長が一定の年齢に達したタイミング、あるいは代表から会長への役職変更など、正当な事由があれば、税務上の適正水準内で退職金を支給することができます。これにより会社の純資産が圧縮され、株価の税務評価額が下がる仕組みです。
田村社長のケースでは、専門家が設計した役員退職金を支給した結果、自社株の評価額が約70%削減。1億円だった株価が、3,000万円台まで引き下がりました。
下がったタイミングで「相続時精算課税」を使う
株価が下がったところで活用したのが、相続時精算課税制度です。
この制度は、60歳以上の親から18歳以上の子や孫への贈与について、累計2,500万円まで贈与税を非課税とし、将来の相続時に精算する仕組みです。贈与税が完全にゼロになるわけではありませんが、相続税と比較すると税負担を大幅に抑えられるケースが多くあります。
3,000万円台まで下がった株式をこの制度で後継者へ移転したところ、当初1億円に対してかかるはずだった相続税と比べて、承継コストをほぼゼロに近い水準まで圧縮できました。
田村社長は「こんな方法があるとは思っていなかった。早めに相談してよかった」とおっしゃっていました。
役員退職金を活用する前に知っておくべきこと
役員退職金の活用にはいくつか注意点があります。
まず、退職金の金額が「税務上の適正水準」を超えると、損金算入が認められないリスクがあります。一般的な目安は「最終月額報酬 × 在職年数 × 功績倍率(通常3倍以内)」ですが、会社の規模や業種によって判断が異なります。税務調査で指摘されないよう、計算根拠をしっかり整備しておくことが大切です。
次に、退職金を支給するための財源の確保も必要です。会社に現金が潤沢でない場合は、役員保険の解約返戻金を組み合わせるケースも多くあります。退職金の支給タイミングと保険の解約タイミングを合わせる設計が重要になります。
また、株価の算定方式は会社の規模・業種・株主構成によって異なります。同じ「製造業」でも、資産が厚いか薄いか、同業種の業績水準がどうかによって、使える手法と効果が変わってきます。「田村社長の事例と同じやり方でいける」と安易に判断せず、自社の状況を丁寧に確認することが不可欠です。
「うちの株価、いくら?」から始めるだけでいい
事業承継を考えるとき、多くの社長が後回しにしがちなのが「自社株の現在価値の把握」です。
「まだ先の話」と思っていたら、気づいたときには株価が数億円になっていた——というケースは珍しくありません。そこから対策を打とうとしても、純資産を圧縮する余地が少なくなっていたり、財源の確保が間に合わなかったりと、選択肢がどんどん狭まっていきます。
今すぐ承継する予定がなくても、「今の株価を計算してみる」だけで、見える景色がまったく変わります。早めに知っておくことで、田村社長のように何千万もの税負担を回避できる可能性が生まれます。
もし自社株の評価が気になっているなら、まず事業承継専門の税理士に「うちの株価、試算してもらえますか?」と一言相談してみてください。その一歩が、数千万円の差を生むかもしれません。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。