先日、部品メーカーを経営する社長から電話がありました。「今期はなんとか黒字を出せたんだが、税金でごっそり持っていかれそうで…」という、この時期によく聞くパターンの相談です。
ただ、話を聞いてみると状況はかなり具体的でした。退職を検討していた役員がいて、退職金の話が社内でも出ていたと言う。「では、今月中に動きましょう」と伝えたときの、あの安堵した声が印象に残っています。
役員退職金には「二重の節税効果」がある
役員退職金が節税手段として優れている理由は、法人と個人の税負担を同時に下げられるからです。
法人側から説明しましょう。会社が役員に退職金を支払うと、その全額が損金に算入できます。つまり、その期の利益から丸ごと引き算できるわけです。
中小企業の法人税の実効税率は、課税所得が800万円を超えると約33%になります。退職金を1,000万円支払えば、法人税の負担は約330万円減る計算です。退職金を支払うという行為だけで、これだけのインパクトが生まれます。
個人の税負担も驚くほど軽くなる
退職金を受け取る役員(個人)側にも、大きな優遇措置があります。
まず「退職所得控除」が使えます。勤続年数が20年以下なら1年あたり40万円、20年を超えると800万円+1年あたり70万円が控除されます。たとえば30年在籍した役員なら、控除額は800万円+(10年×70万円)=1,500万円になります。
そのうえ、控除後の残額のうち課税対象になるのは、なんと半分だけです。給与所得と比べると、退職金がいかに税務上の優遇を受けているかがよくわかります。うまく設計すれば、個人の手取りをほとんど削らずに法人の利益を圧縮できる——合法的な節税手段のなかでも、これほど効果的なものはなかなかありません。
3月決算の会社に残された時間
ここが一番大事な話です。退職金は「実際に支払った事業年度」に損金算入されます。3月決算の会社であれば、3月31日までに支払いを完了させることが原則です。
支払いまでには、取締役会または株主総会での決議も必要です。書類の準備や手続きを考えると、動けるのは実質的に今週・来週あたりまでが限界です。
「来期でもいいか」と思った瞬間に、今期の節税機会は消えます。来期が同じくらい黒字になるかどうかは、誰にもわかりません。今期の利益の見込みが立っているいまこそ、動くべきタイミングです。
退職金を使う前に確認しておくこと
退職金は万能ではありません。いくつか注意点があります。
退職金の額が適正範囲を超えると、税務調査で損金算入を否認されるリスクがあります。一般的な目安は「最終月額報酬 × 勤続年数 × 功績倍率(おおむね3倍以内)」というラインです。過大な退職金は、むしろ後でリスクになります。
また、退職の実態が伴っていることも重要です。代表を退いたとはいえ、実質的に経営判断に関与し続けているような場合、税務上「退職」と認められないことがあります。名目だけの退職はNGです。
さらに、支払いの財源確保も確認が必要です。会社の手元資金で支払えるか、あるいは役員借入金との相殺で対応するかなど、資金繰りの視点も外せません。
今月中に確認しておきたい項目を挙げておきます。
- 今期の税引前利益の見込み額
- 対象役員の最終月額報酬と勤続年数
- 退職金の支払い財源
- 取締役会・株主総会の開催スケジュール
これを手元に用意したうえで、顧問税理士に「今期中に役員退職金を検討したい」と伝えてみてください。それだけで、具体的な試算と段取りを一緒に考えてもらえます。
3月決算の会社にとって、今月は1年でもっとも意思決定が利益に直結するタイミングです。まだ税理士と話せていないなら、今週中に連絡してみることをおすすめします。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。