先日、創業25年の製造業オーナーから、こんな連絡が来ました。「退職金、分割でもらうことにしたんだけど、税理士に相談したら顔色が変わって…」。
売上5億円の会社を一代で築き上げ、勤続25年。まさに「よく頑張りました」と言えるキャリアです。役員退職金は3,000万円を設計し、功績倍率3.0倍でも十分な根拠がある。これだけ聞けば何も問題なさそうです。
ところが、受け取り方の選択ひとつで、手取り額が大きく変わってしまう。これが退職金の怖いところです。
退職所得控除という「生涯最大の優遇」
退職金を一時金で受け取ると、退職所得控除という強力な優遇が使えます。
勤続20年以下は1年につき40万円、20年超は1年につき70万円の控除です。このオーナーなら、800万円+70万円×5年=1,150万円が控除されます。3,000万円から1,150万円を引いた残りのさらに半分、925万円だけが課税対象です。
税率はおよそ30〜33%程度。税負担は300万円前後に収まり、手取りは2,700万円近くになる計算です。日本の税制の中でも、退職金の一時金課税はかなり優遇された仕組みです。
「年金で分割」が招いた想定外の税負担
問題は、このオーナーが「年金型の分割受け取り」を選んだことでした。
分割受け取りは、退職所得ではなく「年金所得」として扱われます。公的年金等控除は使えますが、その控除額は退職所得控除よりはるかに小さい。しかも毎年の受取額が他の収入と合算され、累進課税の対象になります。
「老後の安心のために少しずつもらおう」という気持ちはよくわかります。ただ税務的には、一時金で受け取って自分で管理するほうが、手取りが圧倒的に多くなるケースがほとんどです。分割を選んだことで、同じ3,000万円でも100万円以上の税負担増になることは珍しくありません。
もうひとつの地雷:「過大退職金」の認定リスク
さらに、このオーナーにはもうひとつ懸念がありました。
退職前5年間、業績好調で役員報酬を大幅に引き上げていた。それ自体は問題ありません。ただ、退職金の妥当性を判定するときの「最終報酬月額」が跳ね上がっていた点が気になります。
税務調査で「退職金が過大」と認定されると、過大と判断された部分は会社の経費として認められず、法人税の追徴課税が発生します。本人の手取りとは別に、会社側に思わぬ負担が生じるリスクです。退職金は、引退の2〜3年前から役員報酬の水準と一緒に設計しておく必要があります。「退職を決めてから相談」では、選べる手札が残っていないことも少なくありません。
退職金を守るための3つの視点
退職金設計で押さえておきたいポイントを整理します。
ひとつ目は、受け取り方の選択です。特別な事情がない限り、一時金受け取りが税務上は有利です。退職所得控除と1/2計算の組み合わせは、日本の税制でも珍しい大きな恩恵です。
ふたつ目は、報酬設計との連動です。退職前に役員報酬を急増させると、退職金の「過大」認定リスクが高まります。増減は根拠を持って段階的に行うことが重要です。
みっつ目は、功績倍率の根拠整備です。同業他社の退職金水準や類似法人との比較データを事前に揃えておくことが、税務調査での説明に直結します。
創業オーナーの退職金は、適切に設計すれば合法的に大きな節税効果を得られます。ただし設計を誤れば、同じ金額でも数百万円単位で手取りが変わってしまう。
まだ退職金の受け取り設計を検討したことがないなら、引退の5年前を目安に一度顧問税理士と試算してみることをおすすめします。退職後に「あの時相談していれば」と後悔しないために、動けるうちに備えておいてください。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。