先日、製造業を30年経営してきた社長(58歳)から、こんな相談を受けました。「退任は5年後くらいに考えてるんですけど、退職金って正直どれくらい節税になるんですか?顧問税理士から、ちゃんと説明を受けたことがなくて」と。
話を聞いていると、退職金を「慰労金」くらいの感覚でしか捉えていなかったんですね。節税の道具として使えるという発想がまったくなかった。そして、残念ながらこういう社長は少なくありません。
実は、役員退職金は日本の税法の中でも最も優遇された所得のひとつです。同じ金額を受け取るにしても、給与で受け取るか退職金で受け取るかで、手取りが2,000万円以上変わることがあります。
退職金が「最強の節税手段」である理由
給与や役員報酬には、所得税・住民税がダイレクトにかかります。年収が高くなれば高くなるほど、税率も上がる累進課税の仕組みです。
でも、退職金は違います。税法上の扱いが根本的に異なるんです。
まず、「退職所得控除」という大きな控除があります。勤続30年なら、800万円+70万円×(30年-20年)=1,500万円が丸ごと非課税になります。
さらに、控除後の残額に課税されるといっても、その課税対象は残りの半分だけです。これが「1/2課税」と呼ばれる制度で、退職金が優遇されている核心です。給与なら全額が課税対象になるのに対して、退職金はまず大きな控除を引いて、さらに半分にする。この二段階の優遇が、ものすごい節税効果を生み出します。
実際の数字で比べてみると
役員退職金の算定には、実務でよく使われる計算式があります。
最終月報酬 × 在任年数 × 功績倍率
月報酬100万円、在任30年、功績倍率3.0倍で計算すると、退職金は9,000万円になります。この9,000万円に対する課税はどうなるか。
退職所得控除の1,500万円を引いた7,500万円、さらに1/2課税を適用すると、課税対象は3,750万円です。もし同じ9,000万円を給与として受け取っていたら、全額の9,000万円が課税対象になるわけですから、その差は歴然です。
功績倍率は、代表取締役であれば3.0倍前後が税務上の目安とされています。ただし、根拠のない高い倍率を設定してしまうと、税務調査で「不相当に高額」として損金不算入とされるリスクがあります。倍率の設定は、同業他社の水準や会社の規模感と照らし合わせて決めるのが基本です。
税務調査で真っ先に狙われる2点
節税効果が大きい分、税務調査でも注目されやすいのが役員退職金です。実際の調査でよく問題になるのは次の2点です。
①退職金規程がない
退職金の支払い根拠となる規程が存在しない場合、税務署から「恣意的な支出」とみなされます。退任前に慌てて用意しても遅い。計算式・功績倍率・支給条件を明記した規程を、きちんと整備しておく必要があります。
②株主総会・取締役会の議事録がない
退職金を損金として認めてもらうには、株主総会または取締役会での承認決議とその議事録が必要です。これがないと、規程があっても損金として認められないことがあります。しかも、決議は支払いよりも前に行われていなければなりません。退任後に遡って作ることはできないのです。
「退任は5年後」でも、今すぐ動くべき理由
退職金規程は、退任直前に慌てて整備するものではありません。早いうちに規程を作り、毎年の決算書や議事録に関連記録を残しておくことで、「継続的な方針として運用してきた」という実績が積み上がります。これが税務調査で何より強い証拠になります。
また、在任年数は長いほど退職所得控除が増えます。今から規程を整備しておけば、退任時に最大限の節税効果を得られます。
同じ9,000万円の退職金でも、準備の有無で手取りが2,000万円以上変わることがあります。退任予定がまだ5〜10年先であっても、今期中に退職金規程の整備と議事録の確認を進めておくことを強くおすすめします。まずは顧問税理士に「退職金規程の現状確認」を依頼するところから始めてみてください。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。