先日、こんな話を聞きました。10年間会社を経営してきた社長が、引退時に退職金を2,500万円計上した。顧問税理士もOKを出していた。ところが2年後の税務調査で、その一部が損金否認されてしまった——というのです。

「計算式は合っていたのに、なぜ?」と思いますよね。今日はこの一件を紐解きながら、役員退職金が税務調査で否認される本当の理由をお話しします。

計算式は正しかった。でも否認された

問題の退職金は、こんな計算で算出されていました。

月額最終報酬50万円 × 勤続10年 × 功績倍率5倍 = 2,500万円

役員退職金は「最終月額報酬 × 勤続年数 × 功績倍率」という計算式が一般的です。税法には功績倍率の上限が明記されているわけではなく、この社長も「問題ない」と判断していました。顧問税理士も同様の見解でした。

しかし税務調査の担当官は「功績倍率5倍は不相当に高額」と判断。超過部分が損金に算入できないとされ、追加の法人税と過少申告加算税が課されました。節税のつもりが、余分な税金を払う結果になってしまったのです。

功績倍率に「法定上限」はないが、相場はある

税法上、功績倍率に明確な上限は設けられていません。にもかかわらず否認が起きるのは、「不相当に高額な役員給与」という概念があるからです。

退職金がこれに該当すると判断されると、超過分は損金算入が認められません。そして「相当額かどうか」を判断する際に税務署が参照するのが、同業他社の退職金支給実績です。業種・規模・地域が近い法人のデータと比較して、支給額がどの位置にあるかを見ます。

実務では、功績倍率2〜3倍が「否認されにくい目安」とされています。特別な事情がない限り3倍以下に収めておくのが、現場の感覚です。5倍という数字が同業他社の実態と大きくかけ離れていれば、そこに課税の目が向くのは避けられません。

顧問税理士がOKでも、税務署が否認することはある

ここで疑問に思う方も多いと思います。「顧問税理士が問題ないと言っていたのに、どうして?」と。

顧問税理士の判断と税務署の判断は、別物です。税理士は申告書を作成する立場として適法性を確認しますが、税務調査の現場では改めて「同業比較」や「合理性の証明」が求められます。特に功績倍率は判断基準が曖昧なため、見解の差が生まれやすい領域です。

さらに言えば、「根拠資料が整っているかどうか」が実際の交渉に大きく影響します。社長の功績を示す取締役会議事録、業績評価の記録、対外的な受賞歴や業界内での実績——こうした資料が揃っていれば、税務署も容易には否認しにくくなります。逆に「なぜ5倍なのか」と問われて何も示せなければ、不利な状況になります。

退職金を安全に計上するための3つの準備

退職が近づいてから慌てても遅いのが、役員退職金の問題です。経営者であるうちから、こつこつ準備を進めておくことが大切です。

功績倍率は3倍以下を基本に設定する 業種や地域によって相場は変わりますが、3倍以下であれば否認リスクは大幅に下がります。4倍・5倍を設定したい場合は、それ相応の根拠を厚く積み上げておく必要があります。

役員退職金規程を議事録とセットで整備する 計算方法や支給基準を定めた規程を株主総会または取締役会で決議し、議事録に残しておきましょう。規程がなければ、退職金の正当性を主張する足場が弱くなります。

功績を示す客観的な資料を日頃から蓄積する 業績の拡大実績、対外的な受賞や評価、経営判断の記録など、第三者が見て「この人の貢献はそれだけのものだ」と納得できる資料が理想です。退職直前に急いで用意しようとしても、説得力に欠けます。

退職金は「計算式が合っていれば安全」ではない

役員退職金のトラブルで多いのは、「計算式は正しいのに否認された」というパターンです。功績倍率の数字、規程の有無、根拠資料の充実度——これら三つが揃って、はじめて「安全な退職金」と言えます。

今の功績倍率が3倍を超えていたり、規程が古くて実態と合っていなかったりする場合は、早めに税理士と一緒に見直しておくことをおすすめします。退職金は一生に一度の大きな節税機会。その機会を台無しにしないための準備は、今日から始められます。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。