先日、長年会社を経営されている社長とお話しする機会がありました。事業承継の話題になったとき、こんな一言が返ってきました。

「自社株は、いつか子供に渡せばいいだけでしょ?難しく考えなくてもいいんじゃないですか」

この考え方、実はとても危険です。そして、同じように思っている社長が世の中には本当にたくさんいらっしゃいます。

非上場株式には「見えない資産」がすべて乗っかる

上場株式なら市場価格が基準になりますが、中小企業の非上場株式は純資産価額方式という計算方法で評価されます。会社の資産から負債を引いた「純資産」をベースに株価を算出する仕組みです。

ここで見落とされがちなのが、内部留保の扱いです。毎期コツコツと積み上げてきた利益剰余金——つまり社内に蓄えたお金——が丸ごと評価の対象に含まれます。

30年間、真面目に経営して利益を積み上げてきた会社ほど、株価評価が高くなる。皮肉な話ですが、これが非上場株式の現実です。

対策なしで相続すると、税負担はいくらになるか

具体的な数字で見てみましょう。純資産価額方式で評価した自社株が5億円。何も対策をしないまま相続が発生した場合、相続税は概算で約1億5,000万円になります。

もちろん法定相続人の構成や他の財産の状況によっても変わりますが、この規模の自社株を持つ経営者なら、決して珍しい数字ではありません。

法人税を払い続けながら積み上げてきた資産が、相続の瞬間に大きく削られる。「何もしなかった」ことのコストが、ここで初めて顕在化します。

役員退職金を使うと株価が3分の1になる

ここで活用できるのが役員退職金という手段です。

役員退職金を適切に設計して支払うと、その分だけ会社の純資産が減少します。純資産が減れば株価評価も下がり、株価評価が下がれば相続税も小さくなる——この連鎖を利用した対策です。

先ほどの5億円の例で言うと、役員退職金を活用して純資産を圧縮することで、株価評価を約1億5,000万円まで引き下げられる可能性があります。この場合の相続税は約5,000万円。対策ありと対策なしの差は1億円です。

この1億円こそが、「知らなかったコスト」です。

退職金を払うと会社が傾く、は誤解

役員退職金と聞くと「一気にお金が出ていく」と心配される方もいます。しかし退職金は法人税法上の損金に算入できるため、会社の税負担も同時に軽減できます。相続税の圧縮と法人税の節税、二つの効果が重なる対策です。

ただし、退職金額の算定には「功績倍率」という基準があります。過大すぎると税務署に否認されるリスクもあるため、適正額の設計は事業承継を専門とする税理士に依頼するのが鉄則です。

「まだ先の話」が一番危ない

事業承継対策の怖いところは、今すぐ動く必要を感じにくいことです。65歳でも70歳でも、「まだ元気だから」と後回しになりがちです。

しかし役員退職金を使った対策は、実際に役員が退任するタイミングでしか実行できません。突然の相続が発生してからでは手遅れです。

自社株の評価額が大きくなってきたと感じたら、一度、事業承継専門の税理士に現状を確認してもらうことをおすすめします。相続は「起きてから対処」では間に合わない分野です。今期中に相談の場を設けるだけで、将来の選択肢が大きく広がります。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。