「先生、退職金で1億もらったのに、手取りが5,000万円しかないんです」
こんな相談を受けたのは、つい先日のことでした。M&Aで会社を買収し、5年後に売却した佐藤社長(仮名)のケースです。退職金の税金は少ないはずと信じていたからこそ、結果を見たときの落胆は深かったようです。
退職金の税金が「少ない」とされる理由
退職金には、給与所得とは別の優遇税制があります。「退職所得控除」と呼ばれるものです。長年の勤続に報いる制度として、通常の給与よりも低い税負担で受け取れる仕組みになっています。
控除額の計算は、勤続20年以下なら「40万円×勤続年数」、20年を超える部分には「70万円×超過年数」が加算されます。勤続が長いほど控除が大きくなる設計です。
さらに、控除後の残額(退職所得)の1/2だけが課税対象になるという2段階の優遇もあります。これが「退職金は税金が少ない」と言われる理由です。
…ただし、条件があります。
勤続5年以下の役員は別ルール
2013年の税制改正により、特定の役員退職金には1/2課税が適用されなくなりました。
その条件が「役員としての勤続年数が5年以下」であること。M&Aで会社を引き継いで5年以内に売却した社長は、まさにこのケースに該当します。
佐藤社長の数字で確認してみましょう。
勤続5年(役員)の場合
- 退職金:1億円
- 退職所得控除:40万円×5年=200万円
- 課税所得:9,800万円(1/2課税なし)
- 税額:約5,000万円
控除はわずか200万円。1/2課税の恩恵もなし。9,800万円がそのまま所得として課税されます。結果、手取りは5,000万円。1億円受け取っても半分が税金です。
同じ1億円でも、勤続年数次第で結果は大きく変わる
比較のため、勤続30年の社長が同じ1億円を受け取ったケースを見てみます。
勤続30年の場合
- 退職金:1億円
- 退職所得控除:800万円+70万円×10年=1,500万円
- 退職所得:(1億円-1,500万円)×1/2=4,250万円
- 税額:約1,200〜1,500万円(適用税率による)
手取りは8,500万円前後になります。
勤続5年と30年では、同じ1億円でも手取りに3,000〜4,000万円の差が生まれます。これは「たまたまそうなった」のではなく、設計次第でコントロールできる話です。
「出口設計」は引き継いだ初日から始まる
事業承継やM&Aを検討している社長にいつもお伝えすることがあります。
「退職金の設計は、会社を引き継いだ瞬間から始まっている」
役員としての勤続年数は、就任した日から積み上がります。M&Aで引き継いですぐに売却すれば、それだけ勤続年数は短くなり、税の恩恵は薄れます。逆に言えば、引き継いだタイミングから出口を逆算して動けば、数千万円単位で手取りが変わります。
役員報酬の水準、退職金の積立スキーム(生命保険の活用など)、売却タイミングの調整——これらを組み合わせた設計が、本当の意味での「節税」です。
節税は「受け取るとき」ではなく「始まったとき」に決まる
佐藤社長は「売却後に気づいた」と言っていました。手続きが完了してから相談しても、もう変えられません。
節税は後付けではなく、スタート時点の設計で差がつくものです。M&Aや事業承継を考えているなら、まず「退職金の出口設計」を税理士に相談することをおすすめします。会社を引き継いだ今日が、最も有利なスタートラインです。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。