先日、製造業を38年間経営してきた社長から「退職金に税金がかかると覚悟していたのに、なぜかゼロになりました」という報告をいただきました。
受け取った退職金は2,000万円。それなのに所得税がゼロとはどういうことか。今日はその設計の全体像をできるだけわかりやすくお伝えします。
退職金には「別枠の控除」がある
給与や事業所得と違って、退職金には専用の控除制度があります。「退職所得控除」と呼ばれるもので、勤続年数が長ければ長いほど控除額が大きくなる仕組みです。
勤続20年超の場合、計算式はこうなります。
800万円+70万円×(勤続年数-20年)
この社長の勤続年数は38年でした。当てはめると、800万円+70万円×18年=2,060万円。退職金2,000万円に対して控除が2,060万円ですから、課税所得はゼロになるわけです。長く会社を続けてきたこと自体が、この設計を成立させる土台になっていました。
カギは法人保険との「組み合わせ」にあった
退職所得控除だけなら知っている方も多いと思います。ただ、今回の設計がうまく機能したのは、退職金の原資をどこから用意したかにもポイントがあります。
この社長の会社では、在職中から法人保険に加入していました。保険料の一部は損金として計上できるため、在職中の法人税を毎年少しずつ圧縮する効果もありました。そして引退のタイミングで保険を解約し、解約返戻金2,000万円を退職金の原資としてそのまま活用したのです。
ここで「法人の益金が発生するのでは?」と思った方、鋭いです。保険の解約返戻金は確かに益金(法人の収益)になります。ただし、同じタイミングで退職金の支出が損金として計上されます。この2つが社内で相殺されることで、法人側の税負担も最小化できる構造になっているのです。
設計を成立させる3つの要素
この仕組みには、事前に組み立てておくべき要素が3つあります。
ひとつ目は、退職所得控除の上限を勤続年数から逆算することです。何年後に引退するかによって控除額の上限が決まるため、「退職金をいくらに設定するか」はそこから逆算で決めます。
ふたつ目は、保険の解約返戻金が退職金の原資になるよう、加入時期と金額を調整しておくことです。引退の年齢と保険のピーク時期を合わせることが設計の核心です。
みっつ目は、解約返戻金(益金)と退職金(損金)を同じ期内で相殺できる構造にすること。タイミングがずれると相殺の効果が薄れます。この3点がそろって初めて、2,000万円が丸ごと手元に残る設計が完成します。
「間に合わなかった」が最大のリスク
実はこの設計の最も怖い落とし穴は、検討のタイミングが遅すぎることです。保険商品によっては、加入から解約返戻金がピークに達するまで10〜20年かかるものもあります。引退直前に「やりたい」と言っても、時間的に手段が限られてしまうのです。
55歳前後の社長なら、今から動けばちょうど設計の余地があります。60歳を超えてからでは、選べる保険の種類も期間も一気に狭まります。
引退の時期が具体的に決まっていなくても、まずは自分の勤続年数から退職所得控除の上限額を試算してみてください。「いくらまでなら非課税で受け取れるか」の目安が出るだけで、今後の設計の方向性がずいぶん変わってきます。顧問税理士と一緒に、引退後の手取りを最大化するシナリオを描いておくことを強くおすすめします。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。