先日、こんな相談を受けました。売上10億円規模の製造業を経営する60代の社長が、10年かけて育てた会社をM&Aで売却しようとしたところ、仲介会社から提示された価格が想定の3割以下だったというのです。

「これだけ会社を大きくしてきたのに、なぜこんな値段なんだ」と悔しそうに話してくれました。

実は、M&A売却で「安く買い叩かれてしまう」会社には、共通したパターンがあります。今日はその代表的な3つのミスを紹介します。

節税仕様の帳簿のまま、売りに出してしまう

中小企業の社長なら、利益を圧縮して法人税を抑えることは当然の経営判断です。交際費を最大限活用し、役員報酬を高めに設定して、決算書の利益を最小化する。税務の観点からは優秀な帳簿です。

ところが、M&Aの世界では話が逆転します。

買い手が会社を評価するとき、多くの場合は「利益の何年分か」という倍率計算で価格を算出します。利益が小さければ、評価額もそのまま小さくなる。たとえば節税で利益を2,000万円圧縮していた場合、5倍評価で計算すると評価額が1億円も下がる計算です。

「節税していなければもっと高く売れた」という状況は、M&A現場では珍しくありません。売却を視野に入れた段階で、2〜3年前から帳簿の見せ方を意識的に変えていくことが重要です。節税の最適解と売却価格の最大化は、残念ながら同じ方向を向いていません。

M&A情報が社内に漏れた瞬間、交渉力を失う

売却交渉を始めると、社長一人で抱えるのが精神的につらくなり、信頼できる幹部に話してしまうケースがあります。気持ちはよくわかりますが、これが大きなリスクになります。

情報が従業員に漏れた途端、「うちの会社、売られるのか」という不安が広がります。優秀な幹部ほど早めに動いて転職を検討し始め、主要取引先が関係を見直す動きに出ることもあります。

買い手はこういった状況を冷静に把握しています。「キーマンに退職リスクがある」「取引先との関係が不安定」という情報は、そのまま価格引き下げの交渉材料に使われます。「人的リスクを織り込んでこの価格です」と言われると、こちらには反論する材料がありません。

秘密保持は、意向表明書の締結からクロージングの瞬間まで、最後の最後まで徹底することが鉄則です。「信頼できる人だから大丈夫」という判断が、数千万円単位の損失につながることがあります。

「社長がいないと回らない会社」は最も嫌われる

これが一番多く、かつ一番深刻なミスです。

社長が営業も仕入れ交渉も資金繰りも全部握っている会社。社長の人脈で取引が成り立っている会社。社長が不在になると途端に何も決まらない会社。

こういった会社を買い手は「社長依存型」と分類し、評価倍率を大幅に下げます。理由はシンプルです。買収後に社長が去ることで会社の価値が毀損するリスクが高いからです。

さらに深刻なのが、売却後の「拘束条件」です。社長依存度が高い会社の場合、「売却後も3〜5年は現職で働き続けること」という条件が付くケースがあります。「会社を売って自由になろう」と思っていた社長が、結果として何年も縛られることになるのです。

売却を考えるなら、少なくとも2〜3年前から「自分がいなくても動く仕組みづくり」に本気で取り組む必要があります。幹部への権限移譲、業務のマニュアル化、顧客との関係を会社として持つこと。これができているかどうかが、売却価格に直接影響します。

高く売れる会社は、良い会社でもある

M&Aは、売り手が十分に準備できていれば非常に有利な交渉ができます。逆に、準備不足のまま売りに出ると、仲介業者にとって「売りやすい値段」で買い手に引き渡されてしまうことも珍しくありません。

もし5年以内に売却を考えているなら、今の段階からM&A専門家に相談することをおすすめします。「まだ具体的には考えていない」という段階でも、どんな準備が必要かを知るだけで視野が大きく広がります。

「高く売れる会社を作る」という取り組みは、結果として組織力の強い会社を作ることと重なっています。売却を意識した経営改革は、どんな出口戦略を選ぶとしても損にはなりません。出口を意識した瞬間から、経営の質が変わっていくものです。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務・M&A判断は専門家にご相談ください。