ある日、顧問税理士から「一度、M&Aの専門家に相談してみませんか」と言われた社長がいます。その一言が、3000万円の損失を4億円超の手取りに変えました。

廃業とM&A。聞けば単純な選択肢ですが、多くの社長は「うちの会社がM&Aの対象になるはずがない」と思い込んでいます。今日は、その誤解を解いておきたいと思います。

廃業するしかないと思っていた

機械部品メーカーを30年経営してきた田中社長、65歳。子どもたちは別の道を歩んでおり、社内にも後継者はいない。そう判断した田中社長は、廃業を決意していました。

ただ、廃業はただ店を閉めるだけではありません。長年使ってきた設備の処分費用、30年間一緒に働いた従業員への退職金。それだけで約3000万円のコストがかかる試算でした。

「最後の最後に、持ち出しか」と静かに覚悟を決めていたそうです。

顧問税理士の一言が転機に

廃業の方針を打ち明けた決算報告の席で、顧問税理士がこう言いました。「廃業の前に、一度M&Aの専門家に相談してみませんか」。

田中社長は半信半疑だったといいます。年商3億円、従業員も多くはない中小企業がM&Aの対象になるとは、正直ピンとこなかった。それでも「相談だけなら」と動いてみました。

3ヶ月後、5億円の買収提案が届いた

M&A仲介会社に依頼してから3ヶ月後、田中社長の会社に5億円の買収オファーが届きます。

年商3億円の会社が5億円で買われる。この数字の背景を整理しておきます。企業価値の評価では、営業利益に一定の倍率(マルチプル)をかける計算が基本です。田中社長の会社は利益率こそ高くありませんでしたが、30年かけて築いた取引先との関係、専門的な設備と技術、業界内での信頼。それらすべてが「見えない資産」として評価されました。

社長が自分で思う以上に、会社の価値は高いことがある。これが今回のケースが示す、最も重要なメッセージです。

税引き後の手取りは約4億円

株式の売却益には、申告分離課税が適用されます。税率は約20.315%(所得税と住民税の合計)。5億円での売却なら、税引き後の手取りはおよそ4億円です。

廃業を選んでいたら3000万円の持ち出しでした。M&Aを選んだことで、差は4億3000万円以上。「相談してよかった」では済まない規模の話です。

廃業とM&A、税負担の構造が根本的に違う

ここで税務の観点も整理しておきます。

株式譲渡による売却益は申告分離課税の対象で、一律20.315%が適用されます。給与所得や事業所得と合算されないのが大きなポイントです。

一方、廃業時の残余財産の分配は「みなし配当」として扱われ、最大55%程度の税負担になるケースもあります。同じ「会社を終わらせる」行為でも、税負担の構造はまったく異なります。手続きの複雑さや時間はかかりますが、税引き後の手取りという観点では、M&Aのほうが圧倒的に有利なことが多いのです。

廃業の届け出を出す前に、まず一言相談を

M&Aには時間がかかります。相手探し、交渉、買収監査(デューデリジェンス)。最短でも数ヶ月、長ければ1〜2年かかります。だからこそ、動き出す前に動くことが重要です。

「後継者がいないから廃業しかない」と思っている社長に、お願いがあります。廃業の手続きを始める前に、一度だけM&Aの専門家か顧問税理士に相談してみてください。

田中社長のように、あなたの会社が「思っていたより高い価値」で評価される可能性は、決してゼロではありません。その一言が、億単位の差になることがあります。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。