先日、ある製造業の社長からこんな相談を受けました。「M&Aで会社を売ることがほぼ決まったんだけど、税金ってどのくらいかかるの?」と。
話を聞いてみると、すでに買い手との交渉はかなり進んでいて、売却の「方法」については何も検討していないとのこと。正直、ヒヤッとしました。売り方を間違えると、手取りが数千万円単位で変わってくるからです。
「20%」と「50%超」——売り方で税率がここまで変わる
会社を売る方法は、大きく2つあります。「株式譲渡」と「事業譲渡」です。
まず株式譲渡。これはオーナー社長が個人として保有する株を買い手に売る方法です。この場合にかかる税率は約20%。仮に1億円の売却益が出たとしても、手元に残るのは8000万円です。
一方、事業譲渡はどうでしょう。これは会社の資産や権利を丸ごと売る方法で、売却益は法人の利益として課税されます。法人税・地方税・消費税などが重なると、実質的な税負担が50%を超えるケースも珍しくありません。同じ1億円の売却益でも、手元に残るのが5000万円を下回ることがあるのです。
この差を知らないまま「とりあえず買い手の希望に合わせます」と進めてしまう社長が、本当に多いのです。
損する社長に共通する「3つの落とし穴」
税金で大きく損してしまう社長には、ある共通点があります。
ひとつ目は、売却スキームを買い手任せにしてしまうこと。買い手側には買い手側の都合があります。事業譲渡を希望する買い手も多く、そのまま応じてしまうと、自分だけが高い税率を負担することになります。
ふたつ目は、「売却が決まってから」税理士に相談すること。M&Aの税対策は、売却の前から仕込む必要があります。特に株価を適切に調整しておく対策は、時間がかかるものが多く、交渉が始まってからでは手遅れになることも。
みっつ目は、役員退職金の活用を知らないこと。M&Aの売却前に役員退職金を受け取ることで、会社の純資産(=株価)を下げることができます。退職金には独自の税優遇があり、同じ金額を受け取るにしても、給与や売却益より税負担が軽くなります。この順番を意識するだけで、手取りが数百万〜数千万円変わることがあるのです。
株価を「下げる」ことが、なぜ得なのか
少し不思議に聞こえるかもしれません。株価を下げると売却金額も下がってしまうのでは?と思う方もいるでしょう。
でも、考えてみてください。役員退職金として3000万円を会社から受け取った場合、税負担は比較的軽くなります。一方で、その3000万円分をそのまま株価に乗せて売却した場合、20%の譲渡税がかかります。どちらが手取りで有利かは、個別の状況によりますが、組み合わせ次第で手取り総額は大きく変わり得るのです。
このような対策は「節税」というより、「正しい順番で受け取る」という感覚に近いかもしれません。税法の範囲内で、もらう方法と順番を設計するだけです。
「うちはまだ先の話」が一番危ない
M&Aや事業承継を考えている社長の多くが、「まだ具体的に決まってないから」と税対策を後回しにします。でも、動き始めてからでは取れる手段が限られてくるのが現実です。
特に株価の調整や役員退職金の設計は、売却の1〜2年前から準備を始めることで選択肢が広がります。逆に言えば、交渉のテーブルに座ってから慌てて相談に来ても、打てる手はほとんど残っていないことも。
会社を売ることは、社長人生における最大の「出口」のひとつです。その出口で税金を数千万円余分に払うのか、適切に対策して手取りを最大化するのか——差を生むのは知識とタイミングだけです。
もし「5年以内に売却や承継を考えている」という段階であれば、今すぐ税理士に相談しておくことを強くおすすめします。早ければ早いほど、選べる手段が増えます。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。