先日、スタートアップを起業5年でM&A売却した元社長と話す機会がありました。

「退職金として3億もらったんですよ。でも手元に残ったのは1億4,000万ちょっとで」

そう笑いながら話してくれましたが、目は笑っていませんでした。税金で消えたのは1億6,000万円。退職金の半分以上が税務署に持っていかれた計算です。

「1年、引退を早まりすぎた」——それがこの元社長の後悔でした。

退職金3億円に1億6,000万の税金がかかった理由

退職金には「退職所得」という所得区分があり、通常は非常に優遇された税制が適用されます。

まず「退職所得控除」という大きな控除枠があります。勤続20年なら800万円、20年超なら1年ごとにさらに70万円が上乗せされます。

そして最大の優遇が「1/2課税」という仕組みです。退職所得控除を引いた残りの金額を、さらに半分にしてから課税する——これが退職金を税制上有利にしている核心です。

ところがこの元社長には、この1/2課税が適用されませんでした。

「特定役員退職手当等」という落とし穴

役員として在籍した期間が5年以下の場合、退職金は「特定役員退職手当等」に分類されます。この区分に入ると、1/2課税が使えなくなります。

勤続5年の退職所得控除は40万円×5年=200万円。3億円から200万円を引いた約2億9,800万円が丸ごと課税対象です。

そこに累進課税(最高税率55%)が乗ってくるのですから、税額が1億6,000万円に膨らんだのは、計算上ほぼ避けられない結果でした。

もし1年だけ引退を遅らせていたら

では、もし同じ社長が1年後ろ倒しにして、勤続6年で退職していたら?

1/2課税が適用されます。

勤続6年の退職所得控除は240万円。3億から240万を引いた残額をさらに1/2にした金額に課税されるため、税負担は概算で6,000万円台まで下がる可能性がありました。

1年の差で、1億円近い差が生まれます。

なぜ事前に気づけなかったのか

M&Aの交渉が進み始めると、売却価格や条件に意識が集中します。退職金の手取り計算まで頭が回らなかった、という経営者は少なくありません。

M&Aアドバイザーが税務の専門家とは限らず、「退職金○億円」という数字だけが一人歩きして、実際の手取り試算が後回しになりがちです。起業してから何年目でExitするかという問いを、早い段階から税理士と考えておく必要がありました。

将来のExitを考えるなら今から確認しておくこと

役員退職金を設計する際に押さえておきたいポイントがいくつかあります。

  • 役員としての在籍期間が5年を超えているか
  • 退職所得控除の額はいくらになるか
  • 1/2課税が適用される区分に該当するか
  • 退職金の分割支給(分割退職金)という選択肢はないか

特に、スタートアップでM&Aによるイグジットを目指している社長は要注意です。「起業5年でExit」という目標が、そのまま税制上の不利な区分に収まってしまうリスクがあります。

退職のタイミングも「経営判断」のひとつ

退職のタイミングはビジネスの都合で決まるものと思いがちですが、税額が1億円単位で変わるなら、それは立派な経営判断です。

M&Aのクロージング後も役員として1〜2年関与を続けるケースは珍しくありません。その期間を設計に組み込むだけで、手取りが大きく変わることがあります。

M&Aの予定がある方、あるいは数年先のExitを視野に入れている社長は、「いつ引退するか」を今から税理士との相談アジェンダに入れておくことをおすすめします。引退の1年前では遅い場合もあります。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。