先日、ある社長からこんな相談を受けました。

「退職金を2億円出す計画だったのに、税務調査で功績倍率を否認されそうだと言われた」——業歴25年、年商10億円の製造業の社長です。計算式は合っていた。金額も業界水準を逸脱していなかった。それでも調査官に根拠を問われ、満足に答えられなかったというのです。

役員退職金は「最後の節税」とも呼ばれるほど強力な出口戦略です。うまく設計すれば法人税と個人の所得税・相続税を同時に圧縮できます。しかし2026年現在、この退職金設計を取り巻く環境が静かに、しかし確実に変わってきています。

今日は見落とされがちな3つの落とし穴を整理します。

① 事業承継税制の特例が「使えない時代」に入った

自社株を後継者に渡す際の贈与税・相続税を最大100%猶予できる「事業承継税制の特例措置」、ご存じでしょうか。

退職金と組み合わせることで、法人から個人へのキャッシュアウトを最小化しながら事業を引き継げる——節税効果と承継効果を同時に取れる、まさに「最強の出口戦略」でした。退職金で個人の手元資金を確保しながら、株式の承継税をほぼゼロにする設計が可能だったのです。

ところが、この特例を使うための「特例承継計画」の提出期限が、2026年3月末で終了しました。

3月末までに計画書を提出済みの社長は、引き続き特例を活用できます。しかし「後継者がまだ決まっていない」「自分は65歳だからまだ先の話」と先送りにしていた場合は、このルートは完全に閉じています。今後は通常の事業承継税制(最大3分の2猶予)に戻ることになり、制度の威力は大きく落ちます。

まだ計画書を出していない社長は、代替戦略を税理士と一緒に設計し直す必要があります。

② 「退職金代わりの生前贈与」が年々効かなくなっている

「毎年110万円ずつ子どもに贈与して、相続財産を減らしておく」——これが暦年贈与です。

退職金を受け取る前に財産を圧縮しておくことで、相続税の課税ベースを下げる。節税の定番手法として多くの経営者が活用してきました。「退職金で手元資金を確保しながら、生前贈与で相続財産を減らす」という二段構えの設計です。

ところが2024年の税制改正により、相続前の贈与加算期間が段階的に延長されています。これまでは「相続前3年以内の贈与」だけが相続財産に足し戻される対象でした。それが今後は最終的に7年分まで遡って加算されるルールに変わります。2031年以降に亡くなった場合は、7年間分の贈与が丸ごと相続財産に戻ってくる計算です。

コツコツ贈与してきた効果が、出口に近づくほど薄れていく構造——これが問題です。「退職の数年前から始めよう」という後回し戦略は、もはや機能しにくくなっています。

若いうちから贈与を始めれば依然として有効ですが、退職金の受け取り設計と並行して、生前贈与のタイムラインを早めに引き直すことが求められます。

③ 功績倍率「3倍」は法律上の上限ではない

退職金の計算式は「最終報酬月額 × 在任年数 × 功績倍率」が一般的で、「社長は3倍が上限」という話を耳にしたことがある方も多いはずです。

ここに大きな誤解があります。3倍は法定上限ではありません。

3倍はあくまで「過去の裁判例や税務実務の中で認容されてきた目安」です。適切な根拠を積み上げれば3倍を超えても認められる可能性がある一方、根拠が弱ければ3倍以内でも否認リスクがあります。

税務調査で問題になるのは「倍率が高すぎる」ことより「設定根拠が説明できない」ことです。同業他社の退職金水準、会社の業績に対する貢献度、在任期間中の経営実績——こういった根拠が文書化されていないと、どれだけ「常識的な金額」でも否認の入口になります。

「うちは3倍以内だから大丈夫」と思っている社長ほど、根拠資料の整備を後回しにしている傾向があります。退職金規程の内容、支給決議の議事録、そして算定根拠の記録を今のうちに確認してください。


2026年は役員退職金設計の「節目の年」です。

事業承継特例の入口は閉じ、暦年贈与の効果は年々薄れ、功績倍率の根拠なき高額設定は税務調査のターゲットになりやすい。何もしなくても退職金を受け取ること自体はできます。ただ「もっと早く動けばよかった」という後悔を避けるために、今期中に一度、税理士と退職金設計の全体像を点検しておくことをおすすめします。特に60代に差し掛かっている社長には、今がそのタイミングです。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。