「先生、うちの退職金、大丈夫でしょうか」
ある経営者からそんな連絡が来たのは、税務調査の通知が届いた翌日のことでした。長年会社を支えてきた創業社長が、後継者への事業承継に合わせて受け取る退職金。それが税務署に全額否認されてしまうケースが、実は珍しくありません。
役員退職金は、適切に設計すれば大きな節税効果があります。一方で、「やってしまいがちな」3つのパターンにはまると、追徴課税という最悪の結末を招きます。今日はその具体的な落とし穴をお伝えします。
功績倍率3.0超は「狙い撃ちゾーン」
役員退職金の計算式は、最終月額報酬 × 勤続年数 × 功績倍率が基本です。
この計算式自体は税務署も認めていますが、問題は功績倍率をどこに設定するかです。功績倍率が3.0を超えると、税務調査で否認される確率が一気に上がります。否認率は30%を超えるという調査結果もあり、国税OBの話では「3.0超は必ず精査する」という暗黙のルールがあるそうです。
たとえば、最終月額報酬100万円・勤続30年の社長が倍率3.5で設計した場合、退職金は1億500万円になります。倍率を3.0に抑えると9,000万円。差額500万円が否認されると、法人税・役員給与認定課税・加算税を合わせた追徴額は200万円を超えることもあります。
功績倍率は「同業・同規模の会社の平均値」を根拠に設定するのが鉄則です。根拠のない高倍率は、税務調査官にとって格好の「入口」になってしまいます。
「社長退任→会長就任」は退職と認められないことがある
事業承継でよく見られるのが、「社長を辞めて会長に就任するタイミングで退職金を受け取る」というパターンです。形式上は退職しているので問題ないように見えますが、実態が伴っていないと全額否認になります。
税務署が確認するのは「実質的に経営から退いているか」という一点です。会長就任後も取引先との交渉に同席していたり、代表権を持ち続けていたり、役員報酬が退任前とほぼ変わっていない場合は「退職の実態なし」と判断されます。
書面がどれだけ整っていても、税務調査では実態を見られます。退職金を受け取るなら、会長就任後は経営の第一線から本当に退くことが条件です。これは心理的には難しい話ですが、税務上は曖昧さが許されません。
退職直前の報酬急増は「過去の水準で計算し直される」
「退職金の計算基礎となる最終月額報酬を上げておこう」という発想で、退任の1〜2年前だけ急に役員報酬を増やすケースがあります。これは税務調査で最初に目をつけられる行為です。
たとえば、ずっと月50万円だった報酬を退職前の1年だけ月150万円に引き上げた場合、税務署は「過去の報酬水準」を基に算定し直します。最終月額150万円ではなく、実態に即した50万円前後を「相当な最終報酬額」と認定するわけです。
報酬の推移は過去にさかのぼって確認されます。長期間にわたって合理的な水準で設定してこそ、退職金計算の根拠として認められます。「直前だけ上げる」は最もやってはいけない設計ミスのひとつです。
退職金の設計は「退任3〜5年前」から始める
否認事例に共通するのは、「退職が決まってから慌てて設計した」という点です。
功績倍率の合理性は在任中の業績や貢献度で説明できる必要があります。退職の実態は数年分の行動で判断されます。報酬水準も長期の実績が問われます。つまり、退職金の設計は退任の3〜5年前から始めるのが理想で、直前の「つじつま合わせ」は通用しません。
「うちはまだ先の話」と感じている社長ほど、気づいたときには準備が間に合わなかったというケースが多いです。まだ専門家と退職金の設計を確認していないなら、今期中に一度、税理士と試算してみることをお勧めします。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。