先日、製造業を28年経営してきた社長から、こんな相談を受けました。「そろそろ息子に引き継ごうと思っているんだけど、退職金っていつ受け取るのがベストなの?」
ごく普通の質問のようで、実はこれ、タイミング一つで数百万円単位の差が出てくる、非常に重要な問いなんです。特に「2026年以降の税制改正」という話が動いている今、この質問は以前より遥かに切実な意味を持っています。
社長の退職金には「二重の優遇」がある
まず現行制度を確認しておきましょう。
退職金には「退職所得控除」という非課税枠があります。勤続20年以下の部分は1年につき40万円、20年を超えた部分は1年につき70万円が控除されます。勤続30年なら計算するとこうなります。
- 勤続20年分:40万円 × 20年 = 800万円
- 20年超10年分:70万円 × 10年 = 700万円
- 合計控除額:1,500万円
さらに、控除後に残った金額の「半分だけ」に課税されます。これが「2分の1課税」です。給与として同じ金額を受け取るケースと比べると、税負担の差はあまりに大きい。
退職金4,000万円で計算してみましょう。控除後の残額は4,000万円 - 1,500万円 = 2,500万円。その半分の1,250万円が課税対象です。同じ4,000万円が給与なら全額が課税対象になることを考えると、退職金がいかに有利な受け取り方かがわかります。
政府が「見直しを検討中」というシグナル
この優遇されたしくみに、政府・与党が手を入れようとしています。
2026年以降の税制改正で、退職所得課税の見直しが検討されているのです。議論されているのは主に二点。一つ目は「2分の1課税の廃止または縮小」。二つ目は「退職所得控除額の算定方式の変更」です。長期勤続に手厚すぎるとして、労働移動の柔軟化を促す観点から見直しを求める声が高まっています。
まだ確定した改正ではありません。でも、仮にこの両方が同時に実施された場合、退職金4,000万円のケースで手取りが800万円以上減るという試算もあります。
800万円というのは、現役の会社員が2〜3年かけて貯める金額に相当します。「政策の話」として流していい数字ではありません。
「決まってから考える」は本当に手遅れになる
退職を意識している経営者が陥りやすい思考パターンが、「改正が確定してから動けばいい」という先延ばしです。
退職所得控除は、退職金を「受け取ったタイミング」の制度が適用されます。改正施行前なら旧制度。施行後なら新制度。たった数ヶ月の差が、数百万円の違いを生む可能性があります。
加えて、退職金の積立手段には準備に時間がかかるものが多い。小規模企業共済は加入から一定期間が必要で、途中解約すると返戻率が大きく下がります。法人保険も設計してから運用期間が必要なものがほとんどです。「改正が決まってから行動する」では、選択肢がすでに狭まっている状態になりかねません。
今から動いておくべきポイントを整理すると、主に次のようなことが挙げられます。
- 退職時期の設計:現行制度が適用されるうちに退職のタイミングを設定できないか検討する
- 積立状況の棚卸し:小規模企業共済や法人保険の加入状況と積立額を確認する
- 勤続年数と控除額の把握:控除が最大になるポイントと現在地のギャップを計算しておく
どれも今すぐ着手できますが、後回しにするほど選択肢が狭まります。
退職金は「受け取り後」に後悔しても遅い
退職金は一度受け取れば、取り直しはできません。給与とは違い、退職は基本的に一度きりです。税制改正が正式に決定するまで待つのではなく、「変わるかもしれない」というシグナルが出ている今のうちに整備しておくことが、長い目で見れば最も合理的な対応です。
退職金の設計について、まだ税理士と具体的に話していないなら、次の決算を迎える前に一度相談されることをおすすめします。「いつ受け取るか」だけでなく「どう積み立ててきたか・これからどうするか」まで含めて整理することで、将来の選択肢が大きく広がります。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。