退職が近づいてから「退職金をいくら受け取れるか」を確認し始める社長がいます。でも、そのタイミングではもう手遅れのことが少なくありません。

先日も、ある社長からこんな話を聞きました。「退職の半年前に税理士に相談したら、もっと早く来ればよかったと言われた」と。退職後に「あのとき設計しておけば」と後悔しても、すでに受け取った後では変えようがないのです。

役員退職金は「計算式」で決まる

役員退職金の税務上の適正額は、次の計算式を基準に判断されます。

最終月額報酬 × 在籍年数 × 功績倍率

たとえば月額報酬100万円・在籍30年の社長なら、功績倍率2.0なら6,000万円、功績倍率3.0なら9,000万円になります。倍率の違いだけで、実に3,000万円の差が生まれます。

「自社の役員退職金規程にある功績倍率はいくつですか?」と聞いて、すぐに答えられる社長はそう多くありません。規程自体がない、あるいは昔作ったきり見直していないという会社も珍しくないのが実情です。

退職金が「最強の節税手段」と言われる理由

役員退職金が節税の観点から注目される理由は、「退職所得控除」という非常に強力な非課税枠にあります。

退職金は通常の給与や賞与とは別扱いになり、在籍年数に応じた控除額を差し引いた後、残額の半分だけが課税対象になります。在籍20年以下の部分は1年あたり40万円、20年を超える部分は1年あたり70万円が控除されます。

30年在籍の場合、控除額は800万円(20年分)+700万円(10年分)=1,500万円です。そこからさらに課税対象は半分になりますから、同じ金額を給与でもらう場合と比べて、税負担が桁違いに軽くなります。退職金を数千万円受け取っても手取りが大きくなるのは、この仕組みがあるからです。

法人税も同時に圧縮できる

退職金のメリットは個人の節税だけに留まりません。会社(法人)側では、支払った役員退職金は全額損金計上できます。

大きな退職金を支払うことで、その期の法人税を一気に圧縮できる。会社のお金を個人に移しながら、法人税も節税できる。これが役員退職金が「最後の大型節税」と呼ばれる理由です。設計次第で個人と法人の両方にメリットが出る手段は、なかなかほかにはありません。

功績倍率の「否認ライン」を知っておく

「では功績倍率を高く設定すればいいのでは?」と思うかもしれません。確かに法律上、功績倍率に明確な上限はありません。ただし高すぎる倍率は、税務調査で「不相当に高額な役員退職金」として否認されるリスクがあります。

実務上は2〜3倍が否認されにくい目安として広く認識されていますが、これも業種・会社規模・同業他社との比較など、総合的な観点から判断されます。「3倍なら絶対大丈夫」というわけではなく、合理的に説明できる根拠があるかどうかが重要です。

退職直前の報酬引き上げは逆効果になることも

「退職前に月額報酬を増やして計算基礎を大きくしよう」という発想は、税務署も当然想定しています。退職の1〜2年前に不自然な報酬引き上げがあった場合、その部分が否認されることがあります。

設計は早ければ早いほど安全です。退職を意識し始めた瞬間から、会社の業績と役員報酬を整合させた設計に入るのが理想です。5年前、できれば10年前からの仕込みが、最終的な手取りを守ることにつながります。

退職を少しでも意識し始めたなら、まず顧問税理士に「うちの役員退職金規程を一度確認したい」と一言伝えてみてください。規程がなければ作る、規程はあっても功績倍率が適切かを確認する。その一歩が、数千万円の差を生み出します。「まだ先の話だから」と先送りにする前に、今期中に動いておくことを強くおすすめします。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。