先日、創業17年の建設会社の社長から、こんな相談を受けました。

「今の役員報酬のままで、退職金ってどれくらいもらえますか?」

計算式をその場でお伝えしたとき、社長はしばらく黙ったあと「もっと早く知っておきたかった」とつぶやきました。役員退職金には、ほとんどの社長が把握していない「仕組み」があります。その仕組みを知っているかどうかで、退職時に受け取れる金額が数百万円単位で変わるのです。

退職金の大きさを決めるのは「最後の月額」

役員退職金の計算は、次の式が基本になります。

最終報酬月額 × 勤続年数 × 功績倍率 = 役員退職金(適正額の目安)

税務上の適正退職金として認められやすい「功績倍率法」と呼ばれる計算式です。

ここで重要なのが「最終報酬月額」という部分。退職する直前の役員報酬が、退職金全体の規模をそのまま決定します。つまり、在任中ずっと報酬を抑えてきた社長は、自分の退職金も同時に抑えてしまっていたことになります。これを聞いて「気づかなかった」という社長は、実は少なくありません。

月10万円の差が、15年後に300万円の差になる

数字で確認してみましょう。

現在の役員報酬が月100万円の社長が、15年後に退職するとします。功績倍率を2倍とすると、退職金の計算上の目安額は「100万円 × 15年 × 2倍 = 3,000万円」になります。

ここで今すぐ役員報酬を月10万円引き上げ、月110万円にしたとしたら、退職金はどうなるでしょうか。

「110万円 × 15年 × 2倍 = 3,300万円」

差額は300万円。たった月10万円の変更が、15年という時間をかけて300万円の差になって返ってくる計算です。

さらに、役員退職金は「退職所得」として分離課税の扱いを受けます。勤続年数に応じた退職所得控除が大きく、同額を給与で受け取る場合と比べて税負担が大幅に軽くなります。退職金を増やすことは、老後の手取りを増やすうえで非常に効率的な方法のひとつです。

「退職直前だけ上げる」は危険

ここまで読んで「今すぐ報酬を上げよう」と思った社長もいるかもしれません。ただ、急ぎすぎることには注意が必要です。

退職直前だけ報酬を大幅に引き上げる手法は、税務署が警戒するパターンのひとつです。「退職金を水増しするための操作」と判断されると、退職金の一部が損金として認められない(損金不算入)リスクが生じます。そうなれば、法人税の負担が増えるだけでなく、計画自体が崩れてしまいます。

功績倍率についても同様です。法律で上限が定められているわけではありませんが、税務署が否認しにくいとされる目安があります。代表取締役であれば2.0〜3.0倍程度が一般的な参考値ですが、会社の規模・業種・在任期間・業績への貢献度などによって変わります。「業界相場と比較して明らかに高すぎる」と見られれば、否認の対象になることもあります。

つまり大切なのは、「計算式を知ったうえで、早めに・合理的な根拠を持って報酬を設計する」こと。その一点に尽きます。

知っていた人と知らなかった人の差

仮に月10万円の引き上げを退職10年前から実施した場合、退職金への上乗せ効果は「10万円 × 10年 × 2倍 = 200万円」になります。15年前なら300万円、20年前なら400万円。始める時期が早いほど、効果は大きくなります。

節税というと「経費を使う」ことばかり考えがちです。でも役員退職金の設計は、経営者が自分自身の報酬体系を長期視点で整えるという、もっと根本的な話です。会社の利益を見ながら毎年なんとなく報酬を決めているだけでは、退職金の設計という視点が抜け落ちてしまいます。

退職まで10年以上ある社長ほど、今が動き時です。まずは現在の報酬と勤続年数を使って、退職金の概算を計算してみることをおすすめします。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。