先日、ある建設会社を経営する60代の社長から、こんな相談を受けました。

「役員報酬を下げると手取りが増えると聞いたんだけど、どういうこと?むしろ収入が減るんじゃないの?」

この感覚、すごく自然です。でも、実はこれが節税の盲点のひとつなんです。

年収2,400万円の「真の手取り」は思ったより少ない

月200万円の役員報酬、年収にすると2,400万円。一見すごい数字ですが、実際に手元に残るお金に換算すると、かなり衝撃的な事実が見えてきます。

所得税・住民税だけでも税率は30〜40%超。さらに健康保険・厚生年金の社会保険料を合算すると、実質的な負担率は50%を超えることも珍しくありません。つまり2,400万円のうち、実際に手元に残るのは1,100〜1,200万円程度という計算です。

「なんとなく感じてはいたけど、こんなに持っていかれているとは」と、多くの社長がここで青ざめます。この現実を直視するところから、引退前の設計は始まります。

報酬を下げて「差額」を法人に残す

では、どうするか。引退を数年後に控えた段階で、役員報酬を思い切って下げるという選択肢があります。

たとえば月200万円から月90万円に変更した場合、年間の差額は1,320万円。この差額を法人内に蓄積しておき、引退時に退職金として一括で受け取る、というのが設計の骨格です。

月90万円でも、税・社保を差し引いた手取りは65〜70万円程度。生活費としては十分という方も多いはずです。そして3年間で法人に積み上がる差額は約3,960万円にのぼります。

退職金は「別の財布」で税計算される

ここが核心部分です。退職金は給与とはまったく別のルールで課税されます。

「退職所得控除」という制度があり、勤続年数が長いほど控除額が大きくなります。計算式はシンプルで、勤続20年超の場合は「800万円 + 70万円 × (勤続年数 − 20年)」です。たとえば勤続33年なら控除額は1,710万円。

さらに控除後の金額を2分の1に圧縮してから課税するため、実際の税負担は驚くほど低くなります。毎月の給与として受け取れば半分近く持っていかれるお金が、退職金として受け取ることで大幅に軽くなるわけです。

3年間のトータルで見ると、同じ法人キャッシュフローでも手取りが約800万円変わってくる、というのがこの設計の威力です。

「やればいいだけ」ではない。時期と法人税の兼ね合いがある

ただし、注意点も無視できません。

まず、役員報酬の変更は原則として事業年度開始後3か月以内に行う必要があります。期の途中で変更すると、変更後の報酬が損金算入できなくなるリスクがあります。決算が近づいてから「今期やろう」と思っても、すでに手遅れというケースが多い。

次に、法人に差額を残すことで法人の利益が増えます。法人税率との兼ね合いを考えずに実行すると、「個人では得したけど法人で余計に払った」という結果になることも。個人と法人を合算したトータルで設計することが重要です。

さらに、役員退職金の「適正額」についても税務署は厳しく見ています。過大退職金と認定されると損金不算入になるリスクがあり、この判断は非常に専門的な領域です。

引退前の設計は、早く始めるほど効く

引退を5年後、10年後に考えているなら、今すぐ動き出すのが正解です。勤続年数が長いほど退職所得控除は大きくなりますし、蓄積できる期間が長いほど効果も高まります。

役員報酬の最適化は「引退直前の駆け込み」ではなく、「引退を見据えた数年越しの設計」として取り組むべきテーマです。まだ専門家とこの話をしていないなら、次の事業年度が始まる前に一度相談してみることを強くおすすめします。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。