先日、60代の製造業オーナーからこんな相談がありました。「来月で副社長が引退するんですが、退職金は問題なく払えますか?」という内容で、金額を聞くと2,400万円。

気になったのは金額より、「退職慰労金規程、ありますか?」と聞いたときの沈黙でした。

規程がなければ「根拠なし」と見なされる

役員退職金は、うまく設計すれば会社の節税と役員個人の手取り最大化を同時に達成できる、非常に強力な制度です。ただし、税務上の損金算入が認められるには「合理的な支給根拠があること」が前提になります。

その根拠として機能するのが、退職慰労金規程です。

税務調査が入ると、調査官は必ずと言っていいほど「規程を見せてください」と言います。ここで「ありません」と答えた瞬間、退職金の正当性を証明するものが何もない状態になります。口頭での説明、同業他社との比較、「長年の貢献に対して」といった理由は、調査では通用しません。

「不相当に高額」と言われたら

規程がない状態での支給は、法人税法上の「不相当に高額な役員給与等」に該当するリスクが高まります。こうなると、一部ではなく全額が損金不算入になるケースも珍しくありません。

たとえば最終月額報酬100万円・在籍20年の役員に2,000万円の退職金を支給したとします。規程があれば功績倍率3.0倍で計算して2,000万円が全額損金算入できる可能性がありますが、規程がなければ調査官の判断次第になります。

追加の法人税と役員個人の所得税修正が重なると、規程の有無だけで平均800万円前後の差が生まれるというのは、決して大げさな数字ではありません。

功績倍率という「ものさし」を持つ

退職慰労金規程の核になるのが、功績倍率です。計算式はシンプルです。

退職金 = 最終月額報酬 × 在籍年数 × 功績倍率

功績倍率の実務上の目安は、代表取締役で2.0〜3.0倍、取締役クラスで1.5〜2.0倍程度です。この水準は過去の判例でも繰り返し認められており、範囲内に収まっていれば調査で否認されるリスクは大きく下がります。

ただし「功績倍率の範囲内なら何でもOK」ではありません。類似法人との比較も求められることがあるため、数字の設定は顧問税理士と事前に確認しておくのが安全です。

「後から作る」では遅い

よくある失敗が、退職が決まってから慌てて規程を作るパターンです。

退職金の支給後に遡って規程を整備しようとしても、調査官には「後付けでは?」と見られます。書類の作成日や取締役会・株主総会の議事録との整合性が厳しくチェックされるため、支給後に慌てても説得力がありません。

規程は、退職の予定がない時期に、落ち着いて作っておくことが鉄則です。役員が50代に差し掛かったころ、あるいは事業承継を少し意識し始めたころが、整備のベストタイミングと言えます。

規程があると、節税の幅も広がる

退職慰労金規程を整備しておくと、税務調査対策だけでなく、事業承継の場面でも力を発揮します。

先代経営者への退職金を適切に設計することで、自社株の評価(純資産価額)を下げながら後継者に株を渡すという戦略が取れるからです。退職金によって会社の純資産が減少すると、株価評価も連動して下がり、相続税や贈与税の節税効果が生まれます。この戦略は規程がないと説得力を持ちません。


退職慰労金規程は、作ること自体はそれほど難しくありません。役職ごとの功績倍率と計算式を定め、取締役会または株主総会で決議し、議事録に残す。ひな形をもとに税理士と一緒に進めれば、多くの場合、数週間で整備できます。

「うちには関係ない」と思っている社長ほど、いざというときに後悔します。役員の退職が視野に入ってきたなら、規程の整備を今期中に済ませておくことを強くお勧めします。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。