先日、ある印刷会社の社長からこんな相談を受けました。

「退職金を受け取った翌年の確定申告で、想定より税金がかかってしまって……。iDeCoも同じ時期に受け取ったんですが、何か関係ありますか?」

残念ながら、大いに関係あります。後から確認したところ、その社長は100万円以上多く納税していたことがわかりました。受け取る「年」を少し変えるだけで、まるごと避けられた出費でした。

役員退職金は「最強の節税手段」のはずだった

役員退職金は、日本の税制で最も優遇された所得のひとつです。

まず「退職所得控除」という大きな非課税枠があります。勤続20年以下は1年あたり40万円、20年超は1年あたり70万円が控除されます。勤続30年であれば、800万円+700万円=1,500万円が非課税になる計算です。

さらに、課税対象になるのは控除を差し引いた残額の半分だけ。退職金3,000万円なら、(3,000万円 − 1,500万円)× 1/2 = 750万円にしか課税されません。給与や配当と比べると、いかに優遇されているかがわかります。

社長が退職金を「最後の節税」として設計するのは、まさにこのためです。

2022年の税制改正で「罠」が追加された

ところが、2022年の税制改正で大きな落とし穴が生まれました。iDeCoの一時金との「年ズレ」問題です。

改正後は、退職金とiDeCo一時金の受け取り間隔が4年以内の場合、iDeCoの加入期間分の退職所得控除が退職金の計算に「吸収」されてしまいます。iDeCoを20年積み立てていても、その期間分の控除がほぼ使えなくなるケースが出てきます。

イメージとしては、「それぞれに使えるはずの控除枠が重なってしまい、片方が無駄になる」感じです。知らずに受け取ると、翌年の確定申告で多額の追加税額を突きつけられることになります。

「タイミング1年の差」で120万円変わった実例

先ほどの社長のケースを具体的に見てみましょう。

その社長は60歳でiDeCoの一時金(約800万円)を受け取り、翌61歳に会社からの退職金(約4,000万円)を受け取りました。受け取り間隔はわずか1年です。

本来であれば退職金の退職所得控除は1,500万円(勤続30年)のはずでした。しかし、改正ルールの適用によってiDeCoの加入年数分の控除が圧縮され、実質的な控除額が大幅に減少。課税所得が数百万円膨らんだ結果、追加納税は約120万円に達しました。

もし受け取る順番と年を事前に設計していれば、この120万円はそのまま手元に残っていたはずです。

「何年に受け取るか」は今から設計する

この問題の厄介なところは、受け取り後に気づいても手遅れだという点です。翌年の申告で初めて多額の税額を知る社長は珍しくありませんが、その時点では選択の余地がほぼありません。

事前に設計できていれば、対策はシンプルです。

  • iDeCoの受け取りを退職金の5年以上前、または5年以上後にずらす
  • 退職金の支給時期を会社の決議で1〜2年単位で調整する
  • iDeCoを一時金ではなく年金形式で受け取ることも検討する

どれが最善かは、iDeCoの残高・退職金の金額・その年の他の所得との組み合わせによって変わります。一概に正解は言えませんが、「何も考えずに受け取る」が最もリスクが高いことだけは確かです。

社長業の集大成として受け取る退職金だからこそ、「いつ受け取るか」を今のうちに税理士と一緒に確認しておくことをおすすめします。60歳前後が近づいてから動くのでは、選択肢が急速に狭まります。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。