先日、知り合いの税理士からこんな話を聞きました。60代後半の社長が「そろそろ引退しようと思っているんだが、退職金ってどうすればいいんだろう」と相談してきたそうです。\n\n退職給与規程はない。株主総会での決議もしていない。それを聞いた税理士は、内心ヒヤリとしたと言っていました。「この社長が本来受け取れたはずの節税効果が、もう使えない状態かもしれない」と思ったからです。\n\n## 退職金には、毎月の役員報酬にはない”特別ルール”がある\n\n毎月の役員報酬は、個人にとって給与所得として課税されます。年間1,000万円を超えると所得税率は33〜40%の世界で、会社から出ていくお金と社長の手元に残るお金の差はかなり大きくなります。\n\n一方、退職金には「退職所得」という区分が適用され、税の扱いがまったく異なります。\n\nポイントは二つあります。一つ目が「退職所得控除」です。勤続20年を超えると、1年ごとに70万円の控除が積み上がります。勤続25年なら1,150万円が非課税になる計算です。\n\n二つ目が「1/2課税」です。控除後の残額に対して、課税対象になるのはなんと半分だけ。給与所得にはない、退職所得だけの特権的な優遇です。この二つが組み合わさると、課税額の圧縮効果は相当なものになります。\n\n## 実際の数字で確認してみる\n\n具体的に計算してみましょう。\n\n月額100万円の役員報酬で25年間勤めた社長が、功績倍率2倍で退職金を受け取るケースです。「最終報酬月額 × 勤続年数 × 功績倍率」で計算すると、退職金は5,000万円になります。\n\nここから退職所得控除の1,150万円を引くと残りは3,850万円。これをさらに半分にすると、課税対象は1,925万円です。5,000万円を受け取って、実際に税がかかるのは1,925万円分だけ。所得税と住民税を計算すると、手取りは約4,300万円になります。\n\n同じ5,000万円を役員報酬として毎年分割して受け取っていた場合と比べると、手残りの差は数百万円から1,000万円単位で変わってきます。退職金という形を選ぶだけで、これだけの違いが生まれるのです。\n\n## 「規程なし」「決議なし」は致命的なミス\n\nところが、この優遇を受けるには前提条件があります。\n\n会社に「退職給与規程」が存在していること、そして支払い時に「株主総会の決議」を経ていること。この二つが揃っていないと、税務上「適正な退職金」と認められないリスクが出てきます。\n\n「退職するときに考えればいい」と思っている社長もいますが、引退直前に慌てて規程を作っても、後付けと見られる可能性があります。税務調査の際に「事前から整備・運用していた実態がなかった」と判断されると、節税効果が否定されることもあります。規程は在任中から整備し、実際に運用されていた事実があることが大切です。\n\n## 設計コストはほぼゼロ、でも準備できるのは今だけ\n\n退職給与規程を整備するコストは、極めて小さいものです。税理士のサポートを受けても数万円程度で作れますし、株主総会の決議も議事録を残すことで完了します。\n\nそれでも「まだ先の話」と先延ばしにしてしまう社長が多いのが現実です。でも引退の日は着実に近づいていて、後継者への引き継ぎや健康上の理由で、準備する時間が突然なくなることもあります。\n\n退職金設計は、勤続年数が積み上がるほど有利になります。早く整備するほど退職所得控除も大きくなり、資金計画も立てやすくなります。逆に言えば、引退が近づいてから動いても、積み上げられる優遇には限界があります。\n\n退職給与規程の整備と株主総会の決議、まだ済んでいないなら今期中に手をつけておくことをお勧めします。「いつかやろう」が続いた結果、設計ゼロのまま引退する日が来てしまうことだけは、避けたいところです。\n\n※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。