先日、ある製造業の社長からこんな話を聞かせてもらいました。
業績が好調で、今期から役員報酬を月20万円上げることにした。ところが届け出のタイミングが少し遅れてしまい、「増額分の年240万円は損金として認められません」と税理士から告げられてしまった、というのです。
増額自体は問題ない。でも適切なタイミングで手続きしなかったことで、実質72万円の余分な税を払うことになった。「1日の違いで、そんなことに?」と思われるかもしれませんが、これは決して珍しい話ではありません。
「定期同額給与」というルールを知っていますか
役員報酬を損金(経費)として認めてもらうには、「定期同額給与」の要件を満たす必要があります。
定期同額給与とは、毎月決まった同じ金額を支払う報酬のことです。役員への報酬は利益調整に使われるリスクがあるため、税法上は厳格なルールが設けられています。
そして重要なのが、改定できるタイミングが決められているということです。事業年度の開始から3ヶ月以内に改定しなければ、増額分の損金算入が認められません。3月決算の会社なら4・5・6月中、12月決算なら1・2・3月中が有効な改定期間です。
期限を1日でも過ぎると何が起きるか
ここが本題です。3月決算の会社が、6月30日を1日過ぎた7月1日から報酬を月20万円増額したとしましょう。
この場合、増額した20万円は「定期同額給与の要件を満たさない部分」として、損金不算入の扱いになります。年間では20万円×12ヶ月で240万円が丸々課税対象のまま残ります。
法人の実効税率を約30%とすると、240万円×30%=72万円が余分な税負担として確定します。「1日の違いで72万円」は誇張ではなく、純粋な計算の結果です。
なぜこんなに厳しいルールになっているのか
役員報酬が自由に変更できてしまうと、「今期は利益が多いから年末に急いで報酬を増やして節税しよう」という操作が可能になります。税法はそれを防ぐために、改定を「期初の3ヶ月以内のみ」に限定しています。
社長からすると窮屈に感じるルールですが、趣旨としては理解しやすいはずです。逆に言えば、このルールを正確に把握していれば、きちんと損金算入しながら報酬を最適化できるということでもあります。
「税理士が教えてくれなかった」では済まない理由
こういうミスが起きると、「税理士から聞いていなかった」と言いたくなる気持ちもわかります。
ただ、税理士も決算対応・申告・各種手続きで忙しく、リマインドが後手に回ることはどうしても出てきます。そして何より、「来期は報酬を上げようと考えている」という情報を事前に共有していなければ、税理士もアドバイスのしようがありません。
改定スケジュールの管理は、社長自身がカレンダーで行う——これが現実的な防衛策です。決算月の翌月に「役員報酬改定の検討期限」というアラートを設定しておくだけで、このミスのリスクは大幅に下げられます。
正しい進め方:年末から動き始める
役員報酬の改定を検討するなら、年末〜年明けごろが動き始めるベストタイミングです。今期の利益着地見込みが読めてくる時期で、来期の報酬水準を税理士と一緒に試算できます。
具体的には、今期の利益着地・報酬を増やした場合の税負担・社会保険料の変化を複数パターンでシミュレーションしておく。このプロセスを期初より前に踏んでおくことで、「ギリギリに慌てて変更→タイミングを逃す」という最悪のパターンが防げます。
なお、「3ヶ月以内ならいつでも何度でも変更できる」わけでもありません。原則として改定は年1回です。複数回の改定は、それぞれ合理的な理由がなければ認められないことがあります。
一番のリスクは「知らないこと」
役員報酬は節税の中でも影響が大きく、かつ取り返しのつかないミスが起きやすい領域です。1日のタイムラグで72万円の損失が確定する——このことを知っているだけで、社長の行動は変わるはずです。
まだ来期の改定スケジュールをカレンダーに登録していないなら、今日中に設定しておくことを強くおすすめします。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。