先日、ある印刷業の社長からこんな相談を受けました。「子どもは継がないと言っている。社員にも後継者候補はいない。あと5年で引退したいけど、どうやって会社を終わらせればいい?」

後継者不在の社長が選べる出口は、大きく3つしかありません。廃業・清算、役員退職金の最大活用、そしてM&A。この3択、どれを選ぶかによって最終的な手取り額がまったく変わってきます。正直に、手取りが多い順に並べてみます。

3位:廃業・清算

「会社を畳むだけだから一番シンプル」と思われがちですが、税負担という観点では最も不利な選択肢です。

廃業時に会社に残っている純資産は、株主である社長への「みなし配当」として扱われます。みなし配当は、給与や事業所得と合算して税率が決まる総合課税。最高税率は55%に達します。

たとえば純資産が1億円の会社を清算した場合、手取りが4,500万円を下回るケースは珍しくありません。半分以上が税金に消えていく計算です。「廃業=損しない」は大きな誤解で、むしろ3択のなかで最も手残りが少ないことが多いのです。

2位:役員退職金の最大活用

廃業する場合でも、退職金を先に受け取っておくだけで手取りが大幅に変わります。退職金には「退職所得控除」という、非常に有利な控除制度があるからです。

勤続年数が20年を超えると、1年あたり70万円の控除が加算されます。たとえば勤続30年なら控除額は1,500万円。退職金が3,000万円であっても、課税対象になるのは控除後の半額——つまり750万円前後です。この水準なら、納税額を200万円以下に抑えられることも多いです。

廃業前に退職金を適切に設定しておくだけで、手取りが数百万円単位で変わります。ポイントは「退職金を払えるだけの現金を会社に残しておく」という逆算の設計。引退の2〜3年前から動き始めておきたいところです。

1位:M&A(会社売却)

税負担の低さという点で、3択の中で断トツのトップがM&Aです。会社の株式を買い手に譲渡したときに生じる「株式譲渡益」は、申告分離課税として一律20.315%の税率が適用されます。廃業のみなし配当(最高55%)と比べると、その差は歴然です。

さらに見逃せないのが「のれん」の存在です。廃業すれば1円にもならなかった顧客基盤・技術力・ブランド・信頼関係——これらに値段がつくのがM&Aの強みです。のれんが5,000万円評価されれば、純資産1億円の会社でも買収総額は1億5,000万円になります。税引後の手取りは約1億2,000万円。廃業との差は数千万円規模になることもあります。

「うちの規模でM&Aは無理」と思う社長も多いですが、年商1億〜5億円の中小企業でも成立する案件は増えています。買い手候補は、同業者・異業種・ファンドなど意外なほど広く存在しています。

最適解は一人ひとり違う

ただし、M&Aが全員にとってベストとは限りません。買い手が見つかるか、希望額と市場評価が合うか、従業員や取引先への影響をどう考えるか——総合的な判断が必要です。

またM&Aと退職金の組み合わせも重要で、売却前に役員退職金を受け取っておくことで手取りをさらに最大化できるケースもあります。

大切なのは「廃業しかない」と思い込む前に、3つの選択肢を比較することです。出口を意識し始めるタイミングが早いほど、手元に残るお金は増えます。引退まで5年以上ある社長なら、今すぐ事業承継の専門家に現状を話してみてください。「売ることを決めた」わけでなくても、相談するだけで視界が開けることがあります。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。